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Treehouse Blog of cott

大仕事

今日はcott初の大仕事である店舗の内装制作ってことで商品の納品を完了してきました。場所は京都衣笠の立命館大学の近くです。設計施工を自分で やってしまう個人事業主っていったい…。と思いながらも商品は無事完成して一安心です。cottの担当は、杉板の壁、2パーツに分かれたハイカウン ター、パーテーション、の3点です。床と壁は左官屋さんにやってもらいました。

wall by cott
wall by cott 2

施主の足立さんも喜んでいただいたみたいで、徹夜で木材と必死に格闘した甲斐がありました。彼はとても元気がよくてフレンドリーだけど、大学卒業し て事業をはじめちゃった先輩です。これからもよろしくおねがいします。商品に少しでも不備があったらすぐに飛んでいくのでいつでも言ってくださいね!不備 はなくても「もーちょっとこうしたい」だとか「こうしたらどうか」とか使っていく上でのご相談とかもいつでもどうぞ☆

ハコは完成したけど、これは単なるはじまりで、本当に大事なのはこれからです。お互いがんばりましょうね!

お店と足立さん

ちなみに、ビフォアーはこんなかんじでした。うん。がんばった!

before

実り豊かな春

犬も猫も、みんなだいすきな春がやってきました。今日はツリーハウス付近の自然の営みを写真でレポートします。

つくし
オオイヌノフグリ
近所の犬
猫
菜の花
菜の花の花びら

自己紹介

cott

(※2016年2月移転に伴い画像は削除しました)
そういえば、自己紹介を忘れてました。デザイン事務所cott代表の安福友祐です。写真のツリーハウスを 事務所にして名刺、フライヤー、広告、ポスターなどの制作、本の装丁、映像制作、ウェブ制作、小規模店舗のトータルプランニングから施工まで、出張 VJなどの業務をやっています。単なる相談でも構わないので何でもおっしゃってください。つくることの喜びを感じてもらうことがcott -create on the tree-の目的ですので、仕事の依頼の話でなくても構いません。

cottは「create on the tree」の頭文字を取った造語で、木の上に総合デザイン事務所を構えたことを意味しています。余分なものをそぎ落とし、人間が豊かに生きるにあたって本 質的に必要であるものを抽出していくものづくりを目標に掲げています。それに少しでも近づくために、現代にある余分なものを落とした環境でデザインすると いう意味で、ツリーハウスというカタチをとっています。

集合写真

また、このツリーハウスは素人たち50名程度の手で約半年の工期を経て完成しました。人間を包む私的空間に「プロセス」を組み込んで、より豊かに生 きる空間を作ることはできないかという大学卒業にあたっての試みでした。この試みは無事終了し、主観的ではありますが、私の中に確実にある豊かであるとい う実感が、豊かに生きられる空間であることを帰納的に証明しました。この試みの中の実感は一時的なものにすぎないのかをさらに確かめるべく、ここでもっと 時を過ごすことにしたというのもここを事務所にした動機でもあります。

小難しくなってしまいましたが、木々や動物に囲まれながらつくる喜びをかみしめながら自然の一部としての人間として純粋に生きていきたいとはじめた 事務所です。私も難しいことを考えはしますが、そんなに堅苦しい人間ではないので、お気軽にぜひ一度、訪れてみてくださいね。

文化の発信基地となり、連鎖により人類の幸福に貢献すること願って。

ツリーハウスブログはじめます☆

ツリーハウス

ツリーハウスブログはじめました。

内容は、来てくれた人の写真を撮ってご紹介がてらアップしていきたいと思います。大阪の某古着屋、カカ○カのブログのパクリではないです。他にもふ と気付いたことや、田舎のささいな出来事など、自由気ままにあっぷしていきます。楽しい感じにしていければと思いますのでどうぞお付き合いくださいね。

From R to L, L to R

右から左。
左から右。
なんともなしに風景は過ぎ去ってゆく。

左の真っ暗なトンネルからでてきたさっきの車は
ぼくの車と同じ進行方向を向いてどこまで同じ方角を目指すのだろう。
スピードが早くて追いつけそうになくても
その先の信号機につかまったらまた追いつけたりするのは
どこか人生における節目や分岐点のようなものに似ているようで
なんだかおもしろいななんてちょっと思ってみただけだけど
まぁそんなことはどうだっていい。

もうかなり昔の話だが
当時の私の人生の進路を変えてしまうほどまでに
衝撃的な出来事が起きた。
そのまましばらくふさぎこんだ。
そこまでは仕方のない話だと片付けた。

時は流れ、ふと気付いた。
季節の変わり目にいつの間にか
クーラーのスイッチを入れなくなっていたみたいに
少しずつきみを思うことが少なくなっていた。
時は無常で残酷だった。
というよりは時が変える人の心が怖かったという方が正しいかもしれない。
きみを思うことが少なくなったと思うたびにあんなに一緒だったのにと自分を呪った。

もちろん今はそうは思わない。
全く思わないといっちゃ嘘になるけれど
歳を重ねて僕は
何かを得るためには何かを捨てることが必要なことを学んだ。
得ることと失うこと。
楽しいことと苦しいこと生きること死ぬこと。
全てには裏が存在し
表と裏で一体をなしている。

そんなの当たり前のことなんだけれど
それを意識して言葉に出せるか出せないかの差は絶望的なまでに大きい。

エーテル

甘い蜜の香りに誘われて窓の向こうの森の中に迷い込んだ
きみはとりつかれたように闇の奥へと消えていった
ぼくはきみを見失った

太陽の下にいるときはこの影が僕から離れることがないのと同じように
ぼくは全てのものと離れられなかった
離れようと思っていること自体が
離れられない何よりの証拠だった
それはまた 時は止められないことをも示していた

きみをこの視界から見失ってから、どうしようもないぐらいに迷っていた
いつの間にか光を失っていた
必死に光を探した
どんなに探しても見当たらなかった
ある時 光を探すのをやめて 静かに目を閉じた
それは僕なりの死ぬ覚悟だったのかもしれない

そうすれば、真っ暗闇の中でも進んで行けるようになっていた
毎日は果てしない旅の道中にあった
迷っているかいないかを決めるのは自分だった
もう光を見失わなかった

ぼくはときおりこうやって言葉を吐き出す
そうしないと今にも何かに潰されてしまいそうでこわくて
その何かが何なのかを表す言葉をぼくは知らない
だがその何かは確実に存在した
それはいろもかたちもなくて
この世をつなぎとめる
まるでエーテルのような存在
なんとなくだけれどそれがなくなってしまえばぼく昔憎んでいたそれもなくなってしまう
なんだかんだでぼくにはその目に見えない何かが必要だった

STARS

そーいや、しばらく前やけど流れ星を見た。
友人に流星群が来ていることを電話で聞いたので
作業を一旦中断して午前3時ぐらいやったかな
ひとり、学校の一番暗そうな場所を探して
階段に寝転んでぼんやりとしばらく佇んでいた
それでも照明が明るくて見えへんのやろなーと思いきや、
かなり明るく輝く光の筋が空を舞った。
それから身構えて空を見上げたんやけど、そのとき見えたのはそのたった一度きりだった。

こんなにも遠くはなれたところにあんなにも明るく輝く光が届くなんて。
そして何より感動が届くなんて。
結局一度しか見られなかったけど、その一度で十分だった。

きっと流星群ってぐらいやから、ほんまにいっぱいの星が流れとって、
そのごく一部のとびっきり明るいのんか、地球に近いのが俺の目に届いてて、
しかもそれは何年も前の光で。

星って見逃してたり見えなかったりすることが山ほどあって、
それはきっと俺らの日常と一緒でなんだか素敵ねんよな。

その見逃しているものが少しずつ見えるようになってきたら
とてもやさしい気持ちになれそう。
目先のことばっかにイライラせず、
今対峙している目先のことを大切にして。

これからもがんばろう。
星はいろんなことを教えてくれた

_______________________________________________
コインランドリーでひととおりの仕事を終えたきみは椅子に置いてあった文庫本を読みだした
そこで営まれる日常はなぜかとてもドラマチックで
とてもうらやましかった
子供と遊ぶきみの目はいつも輝いていて
その瞳の先にあるのが僕だったらなと
ちっちゃな子供に情けないけど嫉妬してたことを思い出すよ

きみは時々くすんだ瞳をした
そのくすんだひとみには何が映るのか知りたくてのぞきこんだら
きみはいぶかしげな顔をして
ふと思い出したように
ぼくらがつくりだした幻の中に
真実があってもいいと言った
会話は ただそれだけだった

ある日 夢を見た
なぜだか現実にあった出来事のようにリアルで
いまでも何だか心の中でふわふわと浮いているかのような感覚がした。
いつ止むともしれない雨のなかに佇むきみはなぜかとてもまぶしくみえて
眠れない夜にはいつもなぜだかそんな光景が瞼の裏を横切ってく
雨のしずくが木々をゆらすそのリズムが耳の奥の方からきこえてくる

そんなとき僕は少年時代によく登った山へいき
一風変わったマスターベーションをする
だれもいない山の峠にある滝の中で何も纏わないで水に体を預けて
混沌と静寂の中で
宇宙と交信するんだ

雨が降り出しても何も気にならなかった
数時間ものあいだ
雨に打たれていた
どれくらいの時が経ったんだろう

ぼくは井の中の蛙だった
どこまでも深い意識の奥底に閉じこめたまま深い記憶の海の大海原で ただただ流されていた。

ある日 私は目覚めた
秩序立った世界からふらりと抜け出して いつの間にか自由を手にしていた。
赤ん坊が初めて目を見開いてこの世界の空間の広がりを知るときのそれとは違って、まるで食わず嫌いの椎茸がいつの間にか毎日口にしても苦じゃなくなっているみたいに。
つまりはある日突然じゃないもので、
もしかしたら自分を掘り起こす過程の中で自分の中にある無意識が意識化していたのかもしれないし、あるいはその逆で、
意識が無意識化して意識がシンプルになって、意識を惑わすものがなくなったからよく見えるようになったのかもしれない。

いずれにせよ、私はここに立っていた。

全てのものを軽蔑していた
ある日その全てを見たいと思った
全てを見ずして軽蔑など人間の権利にはありえなかった
私は神でないことを知っていた
全てを見ようと動いた
見ようとすればするほどそれは増幅していった
どんなに見ようとしても小さな人間には不可能であることを悟った
全ての存在を否定できなかった
肯定するしかなかった

いつのまにか昔軽蔑してばかりだった全てを愛するようになっていた
認めることで初めて愛することを知った

なにしたってこの身滅ぶときに世界は思った以上にかわらない
だったらおもいっきり叫んでやるんだ
もう止まらない
この想い 誰にもとめさせない
時は止まらないし止めさせやしない

未来はいまこの手のなかに
ぎゅっとこころで握りしめて
もう離さない

この宝石箱だけはこの身が滅びようとも渡さない

シンガポール雑記

今はシンガポールの図書館。気持ち悪いぐらい快適。
シンガポール。人は優しくマナーが良い。
街全体は綺麗に整備され、住宅、静かで快適な鉄道、バス、町中にはプール、テニスコート、競技場、バスケットコート、他、余暇を十分に消化することのできる施設が街の至る所に存在する。
また、さまざまな人種、宗教が混在する。
治安も比較的良い。
ここは、東洋、いや西洋が求めた楽園なのか。
しかし私はなぜか、まるで巨人が作った模型の中で人間達がままごとをさせられているように感じた。人々は快適な裕福な生活を、このマレー半島の先端に位置するこの島で得た。しかしどうもしっくりこない。

タイやラオス、カンボジアの田舎の方の本当意味でのの自然と共にある生活の方が、物の豊かさではなくて生活の豊かさという観点では勝っているように感じた。同じく島国である日本とも似ているが、やはり違う。その違いはどこからくる?

思うに、ひとつは島の大きさ。
ひとつは、宗教、人種の混在。

日本はすべてが近代都市風ではない。広いから、まだ田舎の方ではまた違った生活がある。しかし、シンガポールは淡路島程の大きさであり、多くの移民がそこにやってくる。その島は一つの国として独立し、島中が発達する。近代化の波はシンガポールという一つの小さな島国を覆い尽くした。
そしてこれほど様々な宗教、民族が混在している国もなかなか類をみることもできないだろう。他にもきっと様々な要因があるのだろうが、いまのところそういう解だ。

シンガポールはマーライオン。近年は、近代建築もおもしろいものが建っている。だがそれだけ?
マーライオンの前で、思い思いのポーズでただポートレート写真だけを撮っていく人々。撮って、ぷらっとして、はいさよなら。(その様子がとても滑稽で、そういったところに着眼した写真集も2007年に瀧本幹也SITESEEINGというタイトルで発売。有名写真家にしては着眼がありきたりであまり面白いものではないが。梅佳代的ユーモアもなければ、ページを繰るごとのドキドキもあまりない。)

これが観光地というものだろうか。巨人達の模型の中でうごめく人々。
人々は決められたルートを歩き、目玉とされるものたちを満喫したらはい、さよなら。
皆ハードの面を求め、ソフトの面などには気にも留めない。
先進国のにおいを持った、ただの観光客ばかりだった。

私にはシンガポールの石畳の照り返しはまぶしすぎた。
マーライオンが、水を吐き続けている仕草が空虚に見えた。

要するにシンガポールは今回の旅のテーマとは外れるってことした。各国の情勢に関して自分が無知なだけでした。(シンガポールが嫌いという意味では書いていないのでご容赦を。)

でもまぁ、ついにこの旅も終わりです。今夜の24時15分の便で北京を経由して日本へ向かいます。

旅の軌跡
日本→北京→バンコク→チェンマイ→パーイ→チェンコーン→フェイサイ→名も無き街→ルアンパバーン→バンビエン→ビエンチャン→フエ→ホイアン →ニャチャン→ホーチミン→プノンペン→シェムリアップ→バンコク→アユタヤをミスってサラブリって田舎→バンコク→バタワース→ペナン→クアラルンプール→マラッカ→ジョホールバル→シンガポール。
動きました。我ながら。

どこがよかったかというありきたりな質問に素直に答えるならば、ラオスとタイの北部の田舎ももちろん良かったのだが意外にもカンボジアが一番良かった。

近隣諸国の中では最も貧しい国で、つい最近(30年ぐらい前?)まで内戦があって、暗い歴史、明るさを取り戻しつつある現在。現在も残る地雷が生々しくその事実を物語る。

その一方で人が結構良くて、(もちろんマネーマネーもあるけど)子供たちが素直でかわいらしく、バイクタクシーの親父も気さく。田舎の方は自然とともにある人々の暮らしぶりがものすごく美しい。

そのギャップに非常に感じることが多かったのがカンボジアという国だった。

インド動物記

インドおよびネパールへ。

インド人は先進国と違い、すごく人間らしい生活をしていて、まさに動物として生きているというか、街中の建物を飛び回る猿など禽獣たちと人間がまったく同じに見えた。
みんなが自分勝手で鬱陶しいぐらいなのだが、それは自然なことで、まるのまんま、本能がまま生きていてそれでも社会が成り立っている。

ちょっと道を聞いたら親切にも間町中を案内してくれて、最後に法外なお金を要求する人。
手を出せと言われて差し出すといきなりハンドマッサージをされて10ルピーでどう?とか言い出してなかなか手を放さない人。
小さな子供によるいきなりのルピー、マネー、攻撃。
早朝、日の出と同時刻に見える神秘的な太陽を感謝して拝み、沐浴する人々。
電車でちょっと愛想を振りまけば、やたらバナナ、リンゴ、カレーみたいなおやつ、とてつもなく甘いお菓子を振舞ってくれ、何か芸をやれやれとの視線で凝視してくる家族。
駅でうずくまって痙攣している人を見てみぬふりの我々を含む人々。
怪我や無くなった腕を見せて金を出せというおじいさん。
ヤギの首切り。もがくヤギ。真っ赤な大量の血。ある意味日本の方がよっぽど残酷な風景。
1時間か30分ほど前にいた寺であったテロ。
24時間火が尽きない火葬場。
死の現場がこれほどまで近くにある。

人が動物として、人間らしくいられる。
影も光もまるごとそのまんま。全ての存在を受け入れてくれる肯定感のようなものがあって、きっとまた訪れてしまうのでしょう。

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