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Views

中国の風景
中国の風景
康定の寺

Views I’ll never forget exist with people because we work not for landscape but for people. I want to create these kind of beauty by living in my hometown and archive them by working in my hometown.

Affordance

中国ならではのサイン
I saw this sign at a station. It doesn’t make sence at all if it is in Japan. We should think about the figure suitable for the target. I realized again the importance of the communication.

Global & Domestic

上海ビエンナーレの爪痕。

上海ビエンナーレの片鱗

お国柄か、特に施工が必要な分野について、まだまだ「しつらえ」が雑な仕事が多いものの、
中国のクリエイションもなめていられません。

ただ、中国語が読めないと少し不案内な点について、きっと日本の同種のプロジェクトに関してもそうなのだろうと痛感した。とってつけたように、一応英語が用意されているけどきっと行き届いていないはず。というのも、メディアでいくらバイリンガルでも街中まではなかなかそういうわけにはいかず、海外の人も不思議に思うほど、日本人は英語がさっぱりですからね。しかし、英語さえできれば何億もの価値に触れることができる。英語で話さないということは、それこそ「MOTTAINAI」です。

わがまち神戸も今回立ち寄った上海、立ち寄る予定の深圳もデザイン分野で創造都市ネットワークとしてユネスコより認定を受けた街なので余計にそんなことを思ったわけです。

他にデザイン分野では名古屋、ブエノスアイレス、ベルリン、モントリオール、ソウルが認定を受けています。
Creative Cities Network

近所のおばあちゃんから電話がかかってきたり、一日中PCとにらめっこで宿に缶詰だったりすると、なんだかここがどこだかよくわからなってきたりしていますが、ひとまず都会でしなければいけない仕事が落ち着いたので、明日からはヴァナキュラーなグラフィックスを見てきます。
世界は広がっています。

余談ですが、食い物がめちゃめちゃ安くてうまいです。
中華料理
yasufuku

年始の迎え方

除夜の鐘
自宅から車で1,2分のお寺で鐘を撞き、
淡河八幡宮鎮守の森
車で1分の神社で初詣。
初詣
からの、おみくじ。
おみくじ
で、火にあたっていたらたくさんの知り合い。
31日の紅白が終わってから数時間の間で30人以上と話したように思う。

そんな大晦日の他にも消防団の年末警戒や恒例の同窓会などもありつつで、年末をいつものように同世代と過ごしたおかげか、変な使命感みたいなものから解き放たれて、肩の力を抜いていいスタートが切れているような気がします。

今年は、
地域というものに対して住人として自然体でマイペースに。
デザインに対してプロフェッショナルとして鼻息荒く真面目で丁寧に。
年鑑やコンペに出したりと、肩の力を抜いて純粋にものづくりを楽しんでければ。

Diploma

去年に引き続き、母校の建築学科の学生の卒業設計の中間発表の講評に行ってきた。削ぎ落とせずにやりたいことをもりもりに盛った提案や、今もずっと手描きのドローイングにこだわって真面目に描いている図面など、テクニックより、その気迫に元気をいただくお年頃。その分講評にはエネルギーを使うのですが、卒業設計の祭りのような熱気が好きなのです。全体的にプログラムの話はできても空間性の話をできるところまでの図面はほとんど見られずだったが、中間発表はいつの時代もそんなもの。私なんかはまさにその典型だったので。ここからどこまでつめてこられるか、楽しみにしていよう。私は1/1スケールで作ったと言ったら分かってくれる学生もいて、自分たちの時代の卒業設計も参照してくれているみたいで、嬉しい限り。そんな休日のエネルギー注入なのでした。
卒業設計中間発表

Let it go

cott graphics
マテリアルに直接指先で触れないといろいろと感覚が狂うので、右手にはなにもはめない派。
おかげで右手が荒れ放題。
プロ意識のような、プロ意識が欠けているような…

アルミ躯体のボディが指先にこたえる。
そんなときは、ツバでもつけて気にしない。
転んでも、やせ我慢をしていても、
男は黙って勢いあまるぐらいに起き上がって飄々としているのだ。

その手で生むなら、良しも悪しもその手で知らねば。

Eyes

グラフィック

ひたすら手を動かす日曜日。
グラフィックデザインで最も良く使うソフトのひとつで細部の仕上げにかかろうと、画面を拡大表示する。
意図しないでふとおもしろい構図と出会ったとき、すこし得した気分になる。

アリの目とガリバーの目をひたすら往復せよ。
…学生の頃、叩き込まれたことのひとつ。

soba

淡河のそばの花

稲の黄金色とともに、白い絨毯が広がる季節になってきた。
事務所前の田んぼにも咲くそばの花だ。
ロマンチックな風景ながら、その匂いがためにあまりそうは思えないのだが。
そう。そばの花はくさいのです。肥料みたいなにおい。

淡河のそば畑
こちらは秘密の高台から。

My Favorite

以前にもブログにてご紹介させていただいたコピック

漫画家さんなりイラストレーターさんが使っているもので
私もラフなりスケッチを描くときによく使うのですが、
描いて描いて描きまくったとき、
これにインクを補充するときのインクの染み込み具合が快感だったりするのですよ。
あとは色鉛筆が減ったときにナイフで削る時間もいいですよ。

COPIC
一見アブナい人かもしれませんが、
きっと仕事をがんばった後のビールがしみる、みたいな感覚。おそらく。

cottでは全ての制作物がデジタルなフローを経はしますが、
それを見るのが人、つまりアナログなので
最後のアウトプットはアナログで、というのを大切にしています。
といっても業界の基本でしょうけど。
最初の発想もアナログで。強い味方がCOPICさんです。
ステマもどき。
コピック
いろはたのし。
でも、うっかり同じ色を買ってしまったときはかなし。

そうそう。
.DOCK(01号)という神戸のクリエイティブ関連のフリーペーパーもWordでつくったそうです。そんなことができるのは、はじめにイメージがしっかりしててこそ。そのイメージの落とし込みが手でしっかりできるのであればどんなアプリケーションを使おうが、使わまいがいいものできるので使うアプリケーションなんて何でもいいのですが、わざわざ手間のかかるアプリケーションを使ってまでわざわざやってのけるというある種の苦行のようにも思えるその行為。私たちのようなローカルなデザイナーに対する激励のような、挑発のような気持ちを感じてしまいました。cottにもちょろっと置いていますが、ぜひどこかで見かけたら持ち帰ってみてください。変にローカルな神戸のクリエイティブ業界もこれから良くなって行きそうだと思わせくれる一冊。
『.DOCK』の名は、港町・神戸を象徴する「波止場」を意味する英語の”DOCK”、そして、”Document Of Creativity in Kobe(神戸のクリエイティヴィティの記録)”の意味をあわせ持ちます。神戸の情報を一方的に発信するのではなく、神戸市の内と外、デザイナーと市民な ど、さまざまな内と外をつなぐメディアとなることを目指しています。

yasufuku

ケハイ

影

今日は初めてお会いする比較的年代の近い町内の方に事務所にお越しいただいてちょろっとお話をしていたのだが、そこにたまたま居合わせた人がきて、また話が広がって…。

最近そんなことがだんだんよく起こるようになった。
だから楽しい。
今日は屋外作業。資材を積んで現場に到着寸前に突然の豪雨。
全身びしょ濡れになってしまったがたまにはそういうのも楽しい。

何が起こるかわからぬ今日に不安を感じるのでなく、
偶然の重なりを楽しもうではないか。
予期しないものに囲まれていると、
心の底から泣いて、笑えるのだ。
たとえばおもわずうれしくって抱きついてしまいたいのだ。

そういうものはリアルで偶然が原則。
メールでにこにこマークの絵文字をつけて送るときや決められたことをただこなしているときは大抵真顔でしょう。
だから仕事で偶然では困るけれど、それ以外は偶然がいい。

ひとや自然の気配を感じながら、偶然をたのしむ。
田舎のおっさんたちのように。
明日の祭りもゆるゆると、楽しもう。
って、もう朝だ。
こういうイベントの準備なんかは朝8時集合でという田舎の集合時間は若者にはちょっぴり苦しい。

朝6時集合のこともあるし、贅沢は言ってられませんが。

Today, young people who lives in ogo-cho came to my office. It was the first time to talk with. After a while, a friends came into my office when we are talking.
This kind of fortuitous encounters have been alarmingly frequent recently. I’m really glad to make a wider circle of friends.
And yet I don’t like things by design — I’m a designer, though. I want to enjoy things by accident.

yasufuku

connecting the dots

やればやるだけ確かに腕はどこまでも良くなって高効率にこなすことができるのだけど、それだけじゃあいけない気がするのだ。だからあのころの線をなぞってみたりしたのだが、そんなことじゃない。

基本のフローが固まって来た頃にそれをまた疑って、変幻自在であること。
いろいろいじくっているうちに繋がり得なかった点と点が素敵な関係性を持ち始めるかもしれないから。
マラッカ行きバス
The more you experience ,the better you draw. Something about it just doesn’t sit right with me.

Keep changing. The dots will somehow connect in your future.

Listening In The Rain

雨の日の軒
雨の日は晴れの曲派かあめの曲派かという話になった。
cottでは雨の日は断然あめの曲だ。晴れの音を聞いても結局下界は雨なのだ。
古民家なので外の音はよく聞こえるし、空気の質も内外であまり変わらない。晴れの曲はどうあっても不自然なのだ。

風景をシャットアウトするのでなく、そこにそっと周囲に耳を傾けて寄り添っていること。
突き抜ける程の青空も好きだが、
じめじめしとしと降り止まぬ雨の音を聴くアンビエントなひとときは仕事もはかどる。
デザインは周囲の音を聞くところから。梅雨。

それは室内に限った話かというと、そうでもなく、
話を外出先にしても雨は悪くないと思う。
例えば雨の日の軒下なんかはとてもおもしろい。建物の軒下が雨という境界によって晴れの日よりも建築空間に近づく。そこに駆け込むひと、待つ人、ぼんやりと考え事をしながら一服するひと、喫茶店でコーヒーをおかわりする人。雨という境界に阻まれ、空間につつまれている安心感を再認識しているのか、こころなしか時間がゆっくり進む。(もちろんそんなこと言ってられない人も多いだろうが。)

そんなふうに、雨のとき特有の風景や心理状態なんてものもすごく楽しいなと思うのだ。
自然の力で人の動きが変わる。そんな人の都合を押し通せないひとときを愛したいものだ。

Which do you usually listen to sunny tunes or rainy tunes on a rainny day? Rainny numbers are playing at cott.

Traditional Japanese old houses have a good ventilation, so we can hear the sound of outside. It is natural for us not to listen to the sunny tunes on a rainny day.

Speaking of which, desinging begins from listening to the sound of the outside.

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