Home > Rocal Design Life -農村デザインの日常-

Rocal Design Life -農村デザインの日常- Archive

Maintenance of Maintenance

はさみの研ぎ直し
うちのすぐ隣にある三木市は全国有数の金物の産地で全国から職人が道具を求めてやってくる。こないだの週末は年に一度の三木の金物祭りで、ひとつの会場にありとあらゆる金物が揃う、職人にとってよだれものの一日なのだ。私も庭仕事用にと、目的の新しい鋸とハサミケースを無事手に入れることができた。鉄は熱いうちに打て、というのでそのとおり金物熱が熱いうちに、道具もメンテナンスした。植木用のハサミは祖父が仕事で使っていたもので、家の周りで遊びながら、植木鋏のカチカチという音を聞くのがとても好きだった。黙々と刃を研ぎながら、自分がその音を出す立場になったのだなとその刃が紡いできた時間をぼんやり考える。本職の職人たちも思い思いにその時間を過ごすのだろう。いい道具を持っていると背筋が伸びるので、次はどんないい仕事をしてやろうなどと考えているのかもしれない。

道具は暮らしのメンテナンスの要で、道具のメンテナンスは言わば、メンテナンスのメンテナンス。いい道具をきちんとメンテナンスして、引き続きその刃の時間を紡いでやりたい。次は本業の道具のメンテナンスだ。


近所の満月堂ではプチチーズケーキの販売が始まったようです。和風の表現をベースにしながらも手描きで原材料をパターンのように展開し、洋菓子に挑戦する和菓子屋の新しい感覚と手づくり感を表現できるパッケージに仕上げています。個別包装で販売していますので、ついで買いにぜひ。

October

淡河町石峯寺もみじまつり2018チラシ
石峯寺もみじまつり、広報を担当させていただきました。秋は山が良い季節。お待ちしています。

Unite

ふるさと祭り淡河
ふるさと祭り淡河
2009年の「淡河そら祭り」の際に地元の大工さんに作ってもらった舞台を村の自治協議会に寄付させていただき、2年に一度の町内全域の夏祭りで使っていただくようになりました。あの頃のみんなの村への思いが村人みんなとひとつになったようで、とても感慨深い。

Lucky Humans

4月から神戸元町のワークスペースを契約し、2拠点にして都合の良い方で働いている。
週末は田舎で田んぼと大工仕事。
非定住型から定住型のノマドワーカーにとでも言えるだろうか。
新しい事務所が完成するまでのつもりだったが、
とても気持ち良くて、無期限でノマド暮らしは続きそうだ。

根を生やし、風にもなれる。
人間っていいな。
僕も帰ろう、おうちへ帰ろう。
yasufuku

10

消防団勤続10年表彰状
先日、消防団勤続10年の表彰をいただいた。

年末詰め所で集まって雑談をしながらものすごくラフにもらった、だれにも同じ文面の形式的な紙切れのはずなのだが、続けてきたことを評価してもらえた気がして、郷土愛護という文字になんだか少しだけはがゆく、少しだけ誇らしい気持ちになった。

同時に、紙の持つ力を感じた。プリントアウトされた紙をもらうだけだが、人は儀式を大切にする生き物だ。個人名が書いてある少し分厚い紙をわざわざ渡されることを良しとする価値が体にしみついている。これが手描きだともっと嬉しいのだろうかとか、これがPDFデータでもらうと嬉しくなる時代が来るのか、あるいはもらうと嬉しくなる新しい仕組みができるのとか、そんなことを考えながらまだまだ「紙」は必要だな、と紙を扱うデザイナーとしての思いを新たにした。

cottももうすぐ10年目に突入する。畑違いのデザイン分野からの出身ということもあり、はじめはグラフィックデザインが仕事と言えるのか自問自答続きだったが、継続は力なりとはよく言ったもので、たくさんのお客さんから頼りにしてもらえるようになり、ようやく胸を張ってそれが職業だと言えるようになってきた。

一方で、こなれてくることで忘れてしまうものもある。そんな中、10周年を迎えるために、1年がかりのある決断をした。今年はそのために動く年。楽しんでチャレンジを続けたい。
ヤスフク

なお、3/3(金)は臨時休業をいただきます。

やさしい風景

隣町やその隣町など、地元の学校や公共交通機関、公共施設などのお仕事も。
のぼりやダイヤ、スタンプカード、情報誌など、ツール一式を担当。
のぼりはなんでもない田舎のバス停に添えられている。
なんでもないけれども保護のためなのか、景観のためなのか、
屋根を支える単管の鉄柱に竹が巻かれる工夫がされていて、やさしくて素敵。
そんなやさしい風景の中に自分たちの仕事がそっと佇んでいるのが嬉しい。
八多町のバス停の風景
と、稲刈りが終わった勢いに任せて月末かけこみ更新!

Our Japanese Festival

太鼓を差し上げる
日曜日は場馴らしと言って、祭りのリハーサルみたいなものに参加。

4年に1度、当番が回ってくるのですが、今年は私もかつぎます。10/2の午後1時から淡河八幡宮を出て、ふとん太鼓を先頭に、神輿や天狗、村人大勢がのどかな農村風景の中を練り歩きます。今年は練り歩く周辺は稲刈りがほとんどされておらず、彼岸花が綺麗に咲いており、いつもよりのどかな雰囲気かもしれません。どちらかと言えば村人による村人のための素朴な祭りですが、長い間大切にされ続けてきた祭りです。祖父の太鼓襦袢を着て楽しんでこようと思います。
もっと豪華な播州の祭りを見られたい方はその次週の土日、隣町の三木市、大宮八幡宮へぜひ。(日曜は淡河町の歳田神社でも祭りです。)

Visitors

cott事務所の猫

どこからともなくやってきた子猫たちの手を借りている、7月。
猫はステルナ!

Enjoy Creation

春の芽吹きとともに制作環境が整ってきて、
早速近所の青年たちとポッドキャスト配信をしてみたりと創作意欲も芽吹きの春。
(デザイン関係ではなく、地元の若者たちがローカルネタをコメディタッチに発信する番組ですが、興味あればぜひ。無邪気な僕らのファンキーラジオ
無邪気な僕らのファンキーラジオのiTunesの画面

新たな拠点で自身もつくりながら、日々の中の「つくる」を広げていければ。
いつでもなんでもどこでも、「つくる」を楽しむcottの9年目、スタート。

cott蔵オフィス外観
気候も良くなって来たので外に椅子を置いたら、早速居眠りしそうだ。

Display

カラーマネジメントモニター
独立当初から使っていたモニタを新調した。
当初cottは建築の分野を中心にと思い、「グラフィックでも使える」ものを使ってきたが、今回は「グラフィックで使うもの」にした。

これでもう流石に「道具がないから」は言い訳にできない。テレビもある、電気もある、車もたくさん走ってる。電話もある、ネットもある、バスは1日9度来る。
電車は無ぇ、コンビニ無ぇ、はむしろ誇るべきで、ローカルは言い訳にならない時代。むしろ味方にして楽しむのが良い。というわけで、明日は古民家掃除!

Anonymous Design

粉末生姜
古民家を掃除しながら、インターネットや本でも見たことの無いグラフィックデザイナーの仕事を目にする。
そういえば昔はデザインはアノニマスなもので、どちらかと言えば労働の世界。今のように作家性がどうかなんて言われてなかったと思う。誤解を恐れず言えば、私にはそっちの世界がきっと心地よいのだと思う。記録に残らなくてもいい仕事をしたい。名もなき良い仕事に触れると、純粋にそういう気分を思い起こさせる。これはどんな仕事にも通ずることだ。

戦前のビール瓶も発見。昔は一流デザイナーの世界にも手の跡があって、今とても身近に感じるなぁ。
昔のアサヒビール

残すものと捨てるもの

洗濯機の水はすすで真っ黒
消防の半纏を洗濯
所属する消防団の半纏(はんてん)を捨ててしまうと言うのでいただいて帰ってきた。(というより捨てたという事後報告だったのでごみを漁った。)イベントのユニフォームによさげではないだろうか。とりあえず洗濯機に放り込むとたちまち水が真っ暗に。何十年もの間火災現場で活躍してきてススが溜まりにたまっていたのだろう。(昔の田舎の男たちの集まりには洗濯という発想がきっとない。)
時代の変化とともに使われなくなったものはただの置物なので、残すべきものを判断するのが難しいが、多くの家にはこどもや孫に見せてやりたいものという基準で置いてあるものがあり、私も同じような基準はしっかり受け継ぎたいと思う。

そんなわけでまずはなるべくものを残しながら古民家掃除中。今、ものは一度どこかが壊れると捨てられてしまうが、昔ながらのプリミティブな道具は直して使うものだったので、一見壊れたり錆びたりしているものもちょっとした修理、メンテナンス方法を知っていれば十分に使える。おかげで私はそんなもの捨ててしまえと言われてしまうタイプの人間だが、貧乏臭いのでなく、MOTTAINAIとか以前に、道具はそうやって大事にして手になじんでこそ道具だと思うのだ。そういえば、以前古民家改修をしていたとき捨てていたものや捨てるのが面倒で邪魔だったものたちは、樹脂製の工業製品や、どこかがダメになると一気に使えなくなる電子制御の機械ものだった。近代に農村へやってきた製品たちは時間の経過に弱く、すぐに粗大ごみになり、どこかの処分場へ行く。そのまま埋め立てられているのか、分解されてどの程度再利用されているのかはわからない。ブラックボックスに吸い込まれると、一気に「自分ごと」でなくなってしまう。
毎日モノやコトを買って捨ててを繰り返して生きる現代で、そういう不自然なブラックボックスを消していくことをいかに自然に実践できるかは今、必ず考えるべき問題だと思う。農村の暮らしにはそういったブラックボックスが少なく、昔のものたちに普段から触れていると、あったら便利だけど本当は必要のない機能や不自然に安い価格など、「アレ?」と思うことが多くなる。そんな環境の中、目先のものにとらわれず、本当は必要のないものを必要であるかのように思わせる仕事でなく、本当に必要なものを必要としている人に届ける仕事ができることがcottとして理想だ。

今皆で掃除している建物は約400年前に新築され、約100年以上前に大部分が建て替えられたもともと宿屋の建物で、樹脂製の現代的な生活用品などがほとんど見当たらない。おかげでいろいろなものが捨てられず、大変だ。
まずはお掃除をはじめました。興味ある方はお声掛けください。

古民家掃除

Page 1 of 6123456

ホーム > Rocal Design Life -農村デザインの日常-

Recent Articles
Backnumber

Return to page top