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Treehouse Blog of cott

Under Renovation 2

改装中の土蔵オフィスでミーティング
まだまだ仮設ですが、電気も通り、夜な夜なミーティング可能となりました。
ヒカリに人は集まります。電気は偉大!

Under Renovation

古民家改修中
土蔵改装中
1月は毎週末、土蔵の改装ということで3連休は黙々大工。
前回の解体編に引き続き、第二期改装作業、大工編をしました。
一応のラスト、第三期は塗装編です。
以下日程、9時〜17時で行いますので、自分の手で空間づくりに携わってみたい方はご連絡下さい。各日先着5名まで、E-mail、電話またはコメントにて要予約、500円で現場鍋希望の方はその旨も。

16(土) 塗装下地調整(マスキング、養生、パテ下塗り)
23(土)、24(日) 塗装下地調整(パテ中塗り、上塗り)
31(日) ペンキ塗り
※作業内容は変更となる場合があります

1月30日は敷地全体の庭をやります。詳細、申し込みは以下リンクよりどうぞ。
第1期本陣再生ワークショップ -おそうじ編-
なお、オフィス移転の詳細は改めてお知らせ致します。

Thanks for everything in 2015

蔵の改修作業
蔵の前で雑談
蔵の第一期改修作業、無事解体系のことが終わりました。来年からはつくりこんでいく作業をします。直前の告知にも関わらずお手伝いいただいたみなさん、ありがとうございました!冬のDIY系ワークショップの名物、ストーブを囲んで食べる現場鍋と現場コーヒーはいかがでしたか?
さて、来年はいろいろコトが動く年になると思いますが、どうぞよろしくおねがい致します!
(さぁ、年賀状書きをするぞ…)

2015-2016年末年始の営業と

12/26(Sat)〜1/3(Sun)までお休みをいただきます。

Business Hours During the New Year’s Season
Please note that we will be closed from December 25th through January 3rd.
淡河宿本陣跡
今年は例年よりも長いお休みをいただくのですが、実は春頃から使い始める新しいオフィスのプチ改装をします。
前の茅葺き古民家から今回の物件へ辿り着くまで3年もかかりましたが、地域の仲間たちとこつこつ地域活動を続けてきた中で、良い縁に恵まれました。
当面は写真左の蔵のひとつが仕事場になる予定です。コワーキング用デスクも置きます。

実は独立当初からここで仕事ができたらなぁと夢想していた場所で、企画がいろいろ湧いてきてとてもわくわくしています。
引っ越しした際には改めてご案内致します。

なお、プチ改装お手伝い大歓迎です。

日時:12月27日(日)9:45〜15:00
12月28日(月)9:00〜16:45
12月29日(火)9:00〜16:45
(途中参加、途中退席OK)
持ち物 :汚れても良い服装、動きやすい靴、スリッパ(母屋を見学されたい方のみ)
内容:床はがし、梁壁棚ふき、机づくり、蔵から出てきたものの整理、庭そうじなど。
参加費:無料(昼食は希望者のみひとり500円ぐらいで石油ストーブを囲んでの現場鍋予定。道の駅で食べていただいてもお弁当持参でもOK。)
アクセス:道の駅淡河より北へ徒歩1分。隣地に駐車場あり。三宮から目の前のバス停「淡河本町北」まで約42分(夏は35分)片道660円、1日3本、往復で計6本のバスが出ています。
(平日は8:20三宮発9:02着、16:57淡河本町北発17:41着、土日祝は9:00三宮発9:42着、15:17淡河本町北発16:01着のバスがおすすめ。詳しくは神姫バスナビより検索)
その他:参加予約不要ですが、「現場鍋」に確実にありつきたい方はその旨をcottに電話(平日9時〜18時のみの対応)かメールをいただくか、このブログ記事のコメントに書き込んで下さい。なお、プチ改装作業が早く終わる27日(日)についてはプチ飲み会をしますので、交通手段を確保出来る方はそちらもぜひ。

Display

カラーマネジメントモニター
独立当初から使っていたモニタを新調した。
当初cottは建築の分野を中心にと思い、「グラフィックでも使える」ものを使ってきたが、今回は「グラフィックで使うもの」にした。

これでもう流石に「道具がないから」は言い訳にできない。テレビもある、電気もある、車もたくさん走ってる。電話もある、ネットもある、バスは1日9度来る。
電車は無ぇ、コンビニ無ぇ、はむしろ誇るべきで、ローカルは言い訳にならない時代。むしろ味方にして楽しむのが良い。というわけで、明日は古民家掃除!

Anonymous Design

粉末生姜
古民家を掃除しながら、インターネットや本でも見たことの無いグラフィックデザイナーの仕事を目にする。
そういえば昔はデザインはアノニマスなもので、どちらかと言えば労働の世界。今のように作家性がどうかなんて言われてなかったと思う。誤解を恐れず言えば、私にはそっちの世界がきっと心地よいのだと思う。記録に残らなくてもいい仕事をしたい。名もなき良い仕事に触れると、純粋にそういう気分を思い起こさせる。これはどんな仕事にも通ずることだ。

戦前のビール瓶も発見。昔は一流デザイナーの世界にも手の跡があって、今とても身近に感じるなぁ。
昔のアサヒビール

残すものと捨てるもの

洗濯機の水はすすで真っ黒
消防の半纏を洗濯
所属する消防団の半纏(はんてん)を捨ててしまうと言うのでいただいて帰ってきた。(というより捨てたという事後報告だったのでごみを漁った。)イベントのユニフォームによさげではないだろうか。とりあえず洗濯機に放り込むとたちまち水が真っ暗に。何十年もの間火災現場で活躍してきてススが溜まりにたまっていたのだろう。(昔の田舎の男たちの集まりには洗濯という発想がきっとない。)
時代の変化とともに使われなくなったものはただの置物なので、残すべきものを判断するのが難しいが、多くの家にはこどもや孫に見せてやりたいものという基準で置いてあるものがあり、私も同じような基準はしっかり受け継ぎたいと思う。

そんなわけでまずはなるべくものを残しながら古民家掃除中。今、ものは一度どこかが壊れると捨てられてしまうが、昔ながらのプリミティブな道具は直して使うものだったので、一見壊れたり錆びたりしているものもちょっとした修理、メンテナンス方法を知っていれば十分に使える。おかげで私はそんなもの捨ててしまえと言われてしまうタイプの人間だが、貧乏臭いのでなく、MOTTAINAIとか以前に、道具はそうやって大事にして手になじんでこそ道具だと思うのだ。そういえば、以前古民家改修をしていたとき捨てていたものや捨てるのが面倒で邪魔だったものたちは、樹脂製の工業製品や、どこかがダメになると一気に使えなくなる電子制御の機械ものだった。近代に農村へやってきた製品たちは時間の経過に弱く、すぐに粗大ごみになり、どこかの処分場へ行く。そのまま埋め立てられているのか、分解されてどの程度再利用されているのかはわからない。ブラックボックスに吸い込まれると、一気に「自分ごと」でなくなってしまう。
毎日モノやコトを買って捨ててを繰り返して生きる現代で、そういう不自然なブラックボックスを消していくことをいかに自然に実践できるかは今、必ず考えるべき問題だと思う。農村の暮らしにはそういったブラックボックスが少なく、昔のものたちに普段から触れていると、あったら便利だけど本当は必要のない機能や不自然に安い価格など、「アレ?」と思うことが多くなる。そんな環境の中、目先のものにとらわれず、本当は必要のないものを必要であるかのように思わせる仕事でなく、本当に必要なものを必要としている人に届ける仕事ができることがcottとして理想だ。

今皆で掃除している建物は約400年前に新築され、約100年以上前に大部分が建て替えられたもともと宿屋の建物で、樹脂製の現代的な生活用品などがほとんど見当たらない。おかげでいろいろなものが捨てられず、大変だ。
まずはお掃除をはじめました。興味ある方はお声掛けください。

古民家掃除

Debut 2

おうごん米
おうごん米、3kg入りもデビュー。
パッケージングする人の作業性も考えてデザインできたら、ということで、今回も夜なべ。数種のラベルを刷って、カットして、貼って、袋に詰めて、量って、かたちを整えて、折って、結んで、と案外時間がかかる地味な作業の繰り返し。手間はかかるのだけれど、愛娘を嫁がせるのに近い気持ちになってくる。

うちは農地を日々維持するためだけに稲作をしているような兼業農家が多い地域で、我が家も米に関してはそれに近いスタイルだが、やる気がないわけではなく、ほとんどの方はそれぞれの長年培って来た方法で真面目に米を作っている。農家はどうしても革新的アイデアを実現する農家がクローズアップされ、目立たなければやる気なさそうに見えてしまう世界だが、その目立たない農家たちだって実は地味な作業を積み重ね、先代から受け継いだ土地で子どもを育てるような気持ちで丹精込めてつくっているのだ。デザイン担当としてはその思いのパスを殺さずつなげられるようにしなければならないな、と作業をしながら思いを新たにする。

一昨日開催された淡河米-1GP2015の優勝米はもちろん、昨年優勝米などもすべて2015年の新米で、昨日精米したてです。日々の食卓に新鮮な最高のお米をぜひ。以下イベントにて販売します。
11/3(火)みのりの祭典
11/7(土)2015神戸地域ビジョンフェスティバル
11/13(金)〜数量限定で満月堂はなとねでも販売されています

パッケージデザインがきれいなものが良いわけではない。
ただ、品質のいいものは、パッケージにもこだわったものが多い。
パッケージは「顔」として消費者にそのモノをわかりやすく伝えると同時に、作り手の生産意欲をより高めることもできる。
いい提案ができると、さらにいいものを生産しようという気になってもらえ、作り手の想いとパッケージが呼応し合う。
そういう意味で今回の「おうごん米」はとても嬉しいパッケージとなった。

DEBUT

10/24本日、EAT LOCAL KOBEでデビューするおうごん米。
「淡河米-1GP(コメワングランプリ)」の「お米甲子園」で優勝した、うちの町で一番おいしいと太鼓判を押されたお米です。
私は残念ながら行けませんが、気合い入れて夜な夜なパッケージングしましたので、ぜひお買い求め下さい。
売れなかったら私が全部買い取りたいぐらい出すのが惜しいのが正直な気持ちです。
おうごん米
消しゴムスタンプ
納期がない、予算も無い、ロットが小さい。でもどうしても金を表現したい…ということで、ひとつひとつ、お手製スタンプで。

Japanese Autumn Festival

三木大宮大宮八幡宮秋祭り2015
行政区は異なれど、文化圏は同じ東播州、三木市の祭りへ。仕事場からは車で15分程度だ。

農村の祭りは米が無事に収穫できた慰労会のような意味合いが強いため、祭りを催す側の人が多い。カメラを向けてもデジタル一眼レフのカメラマンばかりが写りこんでしまう観光客の多い祭りとは違い、とても賑やかで、熱気が渦巻く。町の人たちの性格もよく出るので、その土地らしさもよく出る。
こういう地の人が楽しむのが主として催されるイベントは情報発信もぶっきらぼうなぐらいがちょうど良いように思う。そういうものは世界に誇れる文化だし、発信したいと思うのが行政的な考え方かもしれないが、もともとが自分たちが楽しむことが主であったものが、いつの間にか観光業にシフトし、何のためにやっているのかという目的が変わわってしまうと、その土地への誇りや愛着等が薄れ、イベントの精神性を失う。それが無くなれば、地域が力を失うと言ってしまえるほど、昔からの祭りには老いも若きもを束ねる求心力がある。

狭く報じる。小さく告げる。

だから我々の役目も都市部の広報とは異なる方法論が必要ではないかと考えている。具体的にはもともとあったものを損なわないよう、広く知らせすぎないことも大事だと思う。言うならば狭く報じる、「狭報」。あるいは小さく告げる、「小告」だろうか。地域にデザインを、と昨今はよく言われているが、まちでイメージされるような、いわゆるグラフィックデザインに用はないことも多いと思う。(用がなければないほど良いと思う。)

祭りの話からはじまったが、地域産業についても同様の考えでいる。ものが売れてがっぽり儲かって、新しく職人が増え、事業所が増えれば良いわけでなく、地産商品を全国規模に展開し、大量生産の方法論を導入すれば、その仕事の本質を忘れてしまいがちだ。職人芸のようなことも必要なくなり、技を持った人が育ちにくくなるかもしれない。むやみに手作業を礼讃する訳ではないが、結局はロボットが職人に敵わなかったという話もよく聞く。何事もバランスである。
儲からずとも全うな対価を得られる生業としての産業が、そして受け継がれて来た物事や考え方がまた次世代に大切に受け継がれ、長く続いて行くためには流行りにしたり媚を売りすぎず、儲けさせすぎないことも必要だと思っている。

デザインの役割は、ものともの、ものと人、人と人をよりよい関係性(Win x Win)で結びつけることである。グラフィックスは基本的にはすでに関係性で結びついたウチの人にはほとんど必要なく、主にソトの人たちのもので、それを使うことで、ソトから訪れた人に未知のルールをわかりやすく可視化して見せることができ、未知の人を集めてものを売ったり、移住者を増やすことにも寄与することができうる。そのため、地域活性化にグラフィックスは不可欠なものだと思われがちだが、ウチとソトがWin x Winであることを考えると必ずしもそうではないように思う。一番の地域活性化は、その土地の名産物が売れることでなく、人口が増えることでなく、その土地に咲いてた笑顔がより美しく咲くことなのだと思う。だから、地域活性化の助成金でわれわれグラフィックデザイナーを駆り出す前に、つながない選択に少しでも思いを巡らせてほしい。(もちろん駆り出した後に一緒に議論しても良い。)

Peace

米の兼業農家にとって、長期休業時は農作業の繁忙期。
ゴールデンウィークは種まき。(米の苗づくり)
シルバーウィークは草刈りと稲刈り。
みんながバカンス気分なときに遠出ができないけれど、
今日も平和だと思える日常は何よりも贅沢。
農作業の一休み

昨日はそばの花が満開だという話を聞き、草刈り終わりの足で素材撮影。
プロモーションの仕事をしながら農村の仕事をするようになってから、
農村風景は人の手が入ってこそ美しいことをよりいっそう実感している。
いい風景には、いい関係性がある。
いいデザインにも、いい関係性がある。

普段の生活をきちっと生きているかは仕事にも何にでもにじみ出るものだ。
だからまずは毎日の暮らしから。
これからも農村風景の中の住人で居続けられたら。
そばの花の撮影

実り

おおきな革命をおこすよりも、
ちいさな革命を何度も起こしていけば、それでいい。
ちいさな革命の連鎖こそがおおきな革命につながる。
そう思ってずっとその道を歩き続けて来たし、
今でもその思いは持ち続けているからこその実りをいただいている。
だけど、その甘い果実に甘んじていないで、
ときどきそこらに生えている野の花を食べてみたくもなる。
そんな気分に任せて考え事をするのも悪くない、秋の夜半かな。
外は涼しいけれど、まだ少し熱い、夜中の室内撮影をしながら。
夜中の撮影

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