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Treehouse Blog of cott

REASON

Twitterでもつぶやきましたが、今日は婦人会、自治会、まちづくり研究会、わかくさ、老人会のみなさんに先日撮影した集合写真を100枚近く配布してきました。

しがらみがあって、変わたことをしていたら影でぐちぐち言われてすぐ叩かれる。それが素晴らしいデザインで地域貢献に意味のあるものだとしても誰か一人の理解が得られないために「振り出しに戻る」なんてざら。しゃれたデザインからはかけ離れた環境で、クリエイティブだけに集中できる環境かといわれればそうでない。
関係性が色濃くて、人が鬱陶しい。では、いいところは「自然」かと言えば一番にはそうではなく、何より「人」がいい。この一枚で伝わるでしょうか。それがREASON。
淡河町文化祭にて
さてさて、こっそりと新事務所計画中。ということで配置するものから、必要なデザインや広さを割り出します。まだデザインは確定じゃないので全貌は明かせませんが、ちょっぴり公開。
cott新事務所構想
住まい手の要求に応じていくためにもちろんセルフビルドでやります。お手伝い歓迎。また告知します。coming soon…。

茅葺きライブと陰翳礼讃

神戸市北区には約750棟の茅葺き民家が現存している。(平成20年)
現在、茅葺き屋根とふれあう月間と題して北区が主体となって各種イベントを週末に開催している。
去る11月7日、箱木家住宅で音楽ライブが行われた。
箱木家住宅は通称箱木千年家と呼ばれ、日本最古と推定される茅葺き民家で1967年に国指定重要文化財とされた。

箱木家住宅
詳しい解説は上記リンクよりwikipediaさんにお願いするとして、今回のイベントはその40年以上も大事に大事に保存されてきた茅葺き民家で初の大きな試みとなる。
茅葺きといえば、昔なつかしいという郷愁的なイメージがつきまとい、どうしても現代では保存する以外にこれからの道の見えにくい業である。職人の業としては伊勢神宮をはじめ、多くの文化財がある限りこれからも在り続けるだろうが、住民の業として復活することは難しいし、無理にしなくてよいと思う。
そう考えると、これからの茅葺きはどうあるべきか。
その方向を今回のイベントで初めて公に指し示された気がする。

囲炉裏に炭をくべて千年家を支える大きな梁たちに再び煙のにおいを嗅がせたかったが、文化財のため火を使うことはできない。囲炉裏なのに…。ということで音楽で空間に求心力を与え、火を灯す。
箱木千年家ライブコンサート
「BACHIKONDOOO」の太鼓からはじまり、「slow cafe」、「イーリャ・ダスタルーガス」と続く。
始まりは明るかったが、徐々に山のシルエットが闇に沈んでくる。
千年家の土壁に踊っている影が、千年家の喜びを表現しているかのように見えた。
箱家千年家に映るシルエット
山が闇に沈みきったところで寒空の下、おにぎりと味噌汁をいただき、室内で後半の演奏が始まる。
母となった淡河の歌姫「むぎ」の包み込まれるような歌声から「estinto…」のアンビエントミュージック。ハン(中華鍋を2つを逆さにしてくっつけたような楽器)を手で叩いて繰り出されるアナログなメロディーの反復が丹生山にこだまする。

箱木千年家ライブコンサートに向けた「淡河かやぶき屋根保存会くさかんむり」によるコメント
箱木家住宅屋内ライブ
箱木家住宅のライトアップ

ライトアップは控えめに。

茅葺き屋根をライトアップするのは確かに綺麗で、とても味があっていい。だけどそこら中の茅葺き屋根をライトアップしてルミナリエや紅葉時期の京都の寺院、そして観光地として有名な白川郷のようにしてしまうのは少し違う。入り口としてはそういうこともいいのだが、綺麗だな、というだけではテーマパークと考え方が同じで、文化財をただかたちとして保存しているのみのことと何も変わらない。

日本の文化といえば陰を楽しむように形成されている。これが日本特有の奥ゆかしさとか間という表現になるのだろうか。例えばそれは家の造りなどにも現れていて、塀、庭の植栽、軒、縁側、障子、奥の部屋と奥へ行くに従って徐々に光を落としていくように家ができている。

このような日本の空間、そして文化の特質を巧みに表現したと言われている文献として谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』が有名である。西洋では可能な限り部屋明るくし、陰翳を消す事に執着したが、 日本ではむしろ陰翳を認め、それを利用する事で陰翳の中でこそ生える芸術を作り上げたのであり、それこそが日本古来の芸術の特徴だと主張する。こうした主張のもと、建築、照明、紙、食器、食べ物、化粧、能や歌舞伎の衣装など、多岐にわたって陰翳の考察がなされている。

建築に興味があろうとなかろうと、現代において日本の文化を考える際には外せない一冊である。日本人なら読むべき著作ベスト5に入ろうか。もう一度、読み直そうと思う。

かたちを残すことのみにとらわれて、思想を置き忘れてはならない。

少し話がそれたが、民家というのは住まい方とその中にある思想も含めて保存されるべきもので、その住まい手が不在であると本当の意味での民家の良さというのは伝わらない。

高度経済成長期から農村地の文明開化もはじまり、農村地域のシンプルであるけれどもその中にどこまでも豊かさを含んだ生活美は崩れ去っていく。
安価で身近に手に入る材料で環境を作り出す。もともとそうしていたところに美しさがあったのだが、今や、農村地において安価で身近というのは自然素材よりもどうしても大量生産される工業製品の方に分がある。

別にソレをむやみに否定して昔に戻ろうと言うつもりはないが、大切なものを置き忘れてないか、こういったイベントや古民家を通してそういったことをもう一度考え直してみたいものである。

北区淡河町は十場家の陶芸教室も盛況のうち終わったので次は11月27日。神戸市北区は長尾町、一級建築士の赤井さん宅、神戸市登録有形文化財「赤井家住宅」にてクラッシックコンサート。申込み締め切りは11月19日。その次は12/4日花山中尾台にて茅刈り。その次の日は茅葺き体験会 カヤコヤ@神戸・淡河が12月5日(雨天順延12日)。昨年の様子
くわしくは、北区のウェブサイトにて。

これから神戸の茅葺きの動きにご注目を。

DEAR…

大きな愛に触れると
他の全部を忘れてしまうのです。

月並みな言葉しか思いつかないけれど
どうか、お幸せに。
新婦の後ろ姿

Mission of Creative

デザイナーたちで連れ立って某紙会社の展示会へ。
そして八尾の印刷工場へ。
最近の印刷技術は進んでいるもので、特殊印刷と呼ばれる技術を各社続々と採用されている。
写真を掲載できないのが残念だが、人工的な光で満たされたインキやその他よくわからない薬品のようなものなどが混ざった独特のにおいのする空間。その中に印刷機が電車の一車両ぐらいあるのではないかというほどの列を作ってぞろぞろと並んでいる。まるでターミネーターの世界にやってきたかのよう。

現場を知る。

デザインの分野全般において言えることだが、現場を知らずに本当にいいものをつくることはできない。最近出たmacbook Airだって、あれだけの薄さやかたちを実現できるのは、その中に入るハードの形を効率的に納めるためのデザイン部門と開発現場の執拗なまでのやり取りがあってこその賜物だ。会社経営だって現場を知らなければ部下がついてくるはずはない。複雑な原理の中にあるものほどコンピューターが勝手に動かしているようだが、要は人なのだ。
特殊印刷による販促物

プロジェクトのミッションは何か。

ただ、印刷物の技法でインパクトを与えることを考えて、いつの間にか真新しい印刷技術を使うこと自体が目的になってしまうといったことはないようにしたい。クリエーティブは人のためにある。

選択肢は幅広く提示できる方が良いが、技術やクオリティばかりにとらわれないこと。ミッションのゴール、つまり(広い意味で)「人」に喜んでもらうことを見据えた上でいろんな選択肢の中から条件に合う最適の解を見つけること。

人が、人のために行うクリエーティブ。そんなことを思い、いいものといい人たちに出会った週始めでした。

Source of Creative

友人から写メールが届きました。
茅葺き屋根とふれあう月間 神戸電鉄車中吊り広告
それが日常になじんで使われるシーンを目にするのが一番嬉しい瞬間。

プレゼントの延長。それがcottのクリエーティブの原点。

表現をする者ならば

六甲の展望台内観
最近はアートが社会の中で広く認知され、様々なところでイベントなりが開催されたりしている。それは結構なことだと思うが、それと同時にそれらが軽んじられているようにも思う。何でも表現として認められるようになって、すぐにアーティスト気取りができる。how to本がそろう世の中で、それらを組み合わせることで見た感じ自分のオリジナリティの表現をすることは平易だ。
アートだ音楽だハッピーだ愛だ自由だなどと叫んで始めたアートギャラリーを併設したカフェは度がすぎると少しうさんくさい気がしてどうも近寄りがたい。アミューズメント性以外に何を追求したか見えない屋外展示の作品なども多い。本来、アートは啓蒙思想に近いものであってほしいのだが、ここまでくると、どうも消費物になり下がっているような気がしてしまう。

デジタル時代が起こす質の低下

例えば写真の話が分かりやすい。デジタルになって誰でも気兼ねなくシャッターを押せるようになったもんだから、誰だって写真が表現だと言えばそこですでにアーティストだったりするわけだ。作品と言えるほどのつくりこみなんて到底していないのに作品と呼んでいたり。

(ふらふらしながらシャッターを押してそれを作品だと言ってしまうのは、私の生き方こそ作品だから私の見たものを集めたアルバムを見てくれと言っているようなもので、小学生の自由研究や絵日記との違いを見出しづらい。それが強い表現欲と意思に駆り立てられて、極めて意図的にそうしているのならアートとして成立するとも思うが。要は気持ちの問題である。
生きるためという事務的な動機による表現は、「例えば旅をしながら写真を撮りたい」ではなく「こういう絵がこういうことろで必要とされているからここに旅をするという」動機がまるで逆の発想である。真面目に写真表現自体を追求してそれを生業として暮らすことを考える者でさえ、それほど力をかけている。)

社会構造的に見てアートはとても生産性が低い行為で、それで飯を食おうとするならばそれなりの覚悟と努力と金と理解が必要だ。(旅をしながら写真を撮るなんて悠長な話ではそれこそとても生産性が低い。)アートという分野はそれほどに社会の需要に対して飽和している。

命の炎を燃やせ。

岡本太郎風に言えばそういう言い方になるだろうか。ほんまもんのアーティストは予想以上に魂削って作品を生み出している。居心地の良いところで肯定しあっているようでは、先は見えない。否定も取り入れながら旅をしないと。
もちろん表現の自由はあるんだけれど、それで社会の役割の一部を担おうと思うのなら話は違う。アーティストが増えるのは嬉しいが、名乗るのならばそれなりに腹をくくって作品に魂が乗り移るほどに製作に勤しんでもらいたい。

な〜んて、数日前の茅葺き屋根の下の4人の美術家漫談にて思った。
アートは至高のものだというような言い方になったが、まあ他の仕事だって魂削るのは同じこと。つまり今日の話を要約すると、何にしても一生懸命が心を打つということ。
ふまじめ ときどき くそまじめ。
さあさ、朝から気合い入れてこう。
六甲の展望台

淡河コスモス祭り

淡河町道の駅にて豚汁、もち無料で食い放題。コスモス一本15円。イベント開催中!15時までです!
コスモス畑
婦人会の豚汁
淡河コスモス祭り

追記
ぎりぎり天気も持ち、無事終了しました。
田舎の方々は写真を撮られることに慣れていないため、ハイチーズというと皆様表情が硬くなるので、時間差ショットです。
コスモス畑で集合写真
欲しい方、直接連絡いただけたら、摘み放題かも?
もったいないことに、草刈り機でまとめて刈られてしまう前に…
事務所にもちゃっかり飾ってみました。
不慣れな手つきで数年ぶりに花束をしつらえ、人に渡しました。
たまには花もいいもんです。

VW

ワーゲン
発注まで15分ほどのボランティアの仕事ですが、友人に旗が届いたようです。
黒のボディーに赤がよく映えています。
何より身近な人から頼りにされるのが一番ですね。

茅葺き屋根とふれあう月間ポスター,チラシ

B2ポスター
茅葺き屋根とふれあう月間B2ポスター
B3中吊りポスター
茅葺き屋根とふれあう月間B3中吊りポスター
A3二つ折りチラシ(外面)
茅葺き屋根とふれあう月間チラシ
A3二つ折りパンフレット(中面)
茅葺き屋根とふれあう月間パンフレット
TITLE: SHAPE “OVER THE MOUNTAIN”
DATE: 2010.9-10
CATEGORY: Graphic Design
SIZE: 515×728mm, 515×364mm, 420×297mm(二つ折り),
CL: 神戸市北区
AD/D/P/CW: Yusuke YASUFUKU D: KENTA SHIBANO
NOTE: 茅葺き屋根の三角形の頭は山々に囲まれた農村のアイコン。ゆるく風になびくけれども可読性を確保した文字は、おおらかに変化を許容し、ふわっとしていながらもしっかり芯のある茅のメタファー。10/23より神戸電鉄駅張り、10/26より中吊り。

事務所移転のお知らせ

淡河町まちづくり研究会の意向により、本日より事務所を再度移転しています。その他の連絡先等についてはそのままです。
関係者各位にはご迷惑をおかけしますが、なにとぞご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。
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Enjoy the story by Creating On The Tree
cott (コット)
Mail: info☆cott.jp(☆→@)
Tel/Fax: (078)-220-7211
http://www.cott.jp/

営業日時: 平日 9:00-18:00
〒651-1604 神戸市北区淡河町勝雄(※2016年2月再移転に伴い番地は削除しました)

SOCIAL FUNK!

後輩がイベントするそうで、応援告知です。LIVE, DJ豪華です。
SOCIAL FUNK!
— 音楽×アート×医療福祉。踊るだけでなく、学べるイベント!
各ジャンルの最前線で活躍するキーパーソンを招いて開催される新型イベント。
DJ・ライブ・VJ・トーク・パネル展示などあらゆる方面からスタイリッシュにアプローチ。
VOL.2も「Know (≠no) more cancer」を掲げて「がん」を知ろう!

■日時:2010年10月31日(日)Open12:00/ Close 21:00
■場所:京都西本願寺 聞法会館 3階 http://monbou.jp/
※会場禁煙
■入場料:前売Adv. 2500yen / 当日Door. 3000yen
※500枚限定(前売り券完売の際、当日券の発行はございません。)

■詳細:
*URL:http://www.ubdobe.jp/
*mixi:http://mixi.jp/view_community.pl?id=807739
*twitter:http://twitter.com/Ubdobe_jp
■お問い合わせ:info@ubdobe.jp

[LIVE]
Nabowa http://www.nabowa.com/
東田トモヒロ http://www.higashidatomohiro.jp/
Saori.K http://www.bigmade-music.com/saori_k/
marc-eco

[DJ]
no.9 (蟲の響/liquid note records) http://www.nano-graph.com/no9/
Kuni Lopez (7Hz) http://www.myspace.com/kunilopez
BIG DADDY (神音)
RISA (神音)

[VJ]
mitchel (nego) http://not—found.com/

[MC]
石川楓子

[TALK]
三木恒治(京都府立医科大学大学院 教授)
上野直人氏(MDアンダーソンがんセンター)
Maiko(モデル・乳がんサバイバー)
柳澤昭浩(NPO法人キャンサーネットジャパン 事務局長)
西山奈緒美(あそか診療所 緩和ケア認定看護師)

[DECO]
大島エレク総業

[FOOD]
抹茶屋本舗(ひとくち京風創作料理)
坂ノ途中(京野菜の販売)

*チケット*
※500枚限定(前売り券完売の際、当日券の発行はございません。)
[プレイガイド]
・ E+:http://bit.ly/9T4BRE

[メール販売]
タイトルに「SOCiAL FUNK!チケット予約」、 本文に「カタカナにてお名前・枚数」を明記の上
「ticket@ubdobe.jp」までお送り下さい。返信メールにてご購入方法をご連絡いたします。
※銀行振込となります。

◆主催:Ubdobe(ウブドベ)
◆協力:NPO法人キャンサーネットジャパン
◆協賛:株式会社アートネイチャー / ネクスティア生命保険株式会社
◆後援:京都市 / 財団法人大日本仏教慈善会財団

[SOCiAl FUNK!コミュニティ] http://mixi.jp/view_community.pl?id=5077368
イベントを主催する代表者が想いを綴ったブログ:http://ameblo.jp/ubdobe/day-20100707.html

農村地域に根を下ろす問題などについてつらつらと。

私は地元の方によく見た感じ怪しいと思われるのでヒゲそって、髪を切って、もっとシャツとかを着たらとよく言われるが、それでもあえて自分の好きな格好をしている。

都市の情報が入ってきやすくなったために、今の田舎の若者の価値観は多様で、そうはいってもこれぐらいの見てくれは都市に出れば言わば普通である。

昼は仕事をしているので夜集まる。
車だっていまどきの車に乗りたいし、好きなことだって様々。
業種だって様々。仕事時間は太陽とともにというわけにはいかず、夜中まで残業もする必要があるときもある。
それで怪しいだとか文句を言われたところで多様な価値観やワークスタイルの今の時代にはナンセンスな発言である。

とどのつまり、その地域で極めてナチュラルに育った若者が受け入れられない地域かそうでないかは地域を図るバロメーターだと思うからあえて自分の好きな格好なのだ。(もちろん最低限のTPOはわきまえる。)

原因を人に押し付けて、自分に問題があるとは誰も考えていない。

若者が集まるとろくなことはないという価値観のもと、口では若い人を増やすとか言っておきながら、実は拒否していたりしないだろうか。数字では増えてほしいと願っていても、いざ自分の生活のそばに若者がいると別に何も話すことはないし、影でうさんくさく思う人は少なくないように思う。

私的経験論から、若者が出て行く問題の根はそういうところにあると思う。
「昔からこうや」的な発言は必要なときもあれば邪魔なときもある。
村に情報技術が整備されて全国どこからの情報も得ることができるようになっているのにいつまでも昔ながらの価値に基づいて年功序列で足並みを揃えているのでは若者は村を出て行く一方で、村の循環はうまくいかない。
とはいってもたとえば実力主義の時代だから若者に実権を握らせろというほど極端な話でなく、今は昔とは違った足並みの揃え方なんてことを考えるべきでないかと思う。

「いまどきの若者は」「たかが若造がなんぼのもんじゃい」などと印象で言ってしまってはいけない。大事なのは表面的なイメージに関わらず、本質的な部分を見てもらうこと。格好はどうかというよりも村のことを考えて動いている。そこを見てほしい。

やっぱり動こうと思うのは、希望的観測から。

今は知らないだけではなく、知る必要がある。今後の地域のことを考えていくならば、時代に即して情報の風通しをよくすることが必要。ということで、地域で素敵な活動をしている「人」にクローズアップして、ぱっと見たら変わったことをしているけれども思いがあってしているということを理解してもらうため、また都市への情報発信のために情報誌を発行しようと計画している。

田舎で頭を出せばすぐ叩かれる。
情報が独自の伝わり方(ある意味インターネットよりも伝わる速度が早い口コミ)をして影でいろいろ言われたりする。
自分だけの問題だったらいいけど、それが家族のイメージにも繋がったりする。
それが嫌で出て行きたいと思ってしまう若者は少なくないだろう。
だから多くの人は叩かれないようにしようと思う。
それでも何度も頭を出そうと思うのは
田舎に深く根を下ろす問題が本当にどうしようもないことではなく、まちづくり研究会の皆さんとエネルギーを費やして接することを通して時間と少しずつでも変えていける糸口が見えるから。
それはネガティブな側面でもありながら、それほど自分だけで完結しない濃密な関係性は、少なからず安心なコミュニティや豊かな文化等、共同体でひとつの風景をつくっていくために大事なところであると思うから。

直接ひとりひとりと向き合って、コミュニケーションをすること。
そこに寄り添って、誠実に一歩ずつ。
淡河町歳田祭り
歳田祭りの太鼓屋台

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