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Treehouse Blog of cott

農村地域に根を下ろす問題などについてつらつらと。

私は地元の方によく見た感じ怪しいと思われるのでヒゲそって、髪を切って、もっとシャツとかを着たらとよく言われるが、それでもあえて自分の好きな格好をしている。

都市の情報が入ってきやすくなったために、今の田舎の若者の価値観は多様で、そうはいってもこれぐらいの見てくれは都市に出れば言わば普通である。

昼は仕事をしているので夜集まる。
車だっていまどきの車に乗りたいし、好きなことだって様々。
業種だって様々。仕事時間は太陽とともにというわけにはいかず、夜中まで残業もする必要があるときもある。
それで怪しいだとか文句を言われたところで多様な価値観やワークスタイルの今の時代にはナンセンスな発言である。

とどのつまり、その地域で極めてナチュラルに育った若者が受け入れられない地域かそうでないかは地域を図るバロメーターだと思うからあえて自分の好きな格好なのだ。(もちろん最低限のTPOはわきまえる。)

原因を人に押し付けて、自分に問題があるとは誰も考えていない。

若者が集まるとろくなことはないという価値観のもと、口では若い人を増やすとか言っておきながら、実は拒否していたりしないだろうか。数字では増えてほしいと願っていても、いざ自分の生活のそばに若者がいると別に何も話すことはないし、影でうさんくさく思う人は少なくないように思う。

私的経験論から、若者が出て行く問題の根はそういうところにあると思う。
「昔からこうや」的な発言は必要なときもあれば邪魔なときもある。
村に情報技術が整備されて全国どこからの情報も得ることができるようになっているのにいつまでも昔ながらの価値に基づいて年功序列で足並みを揃えているのでは若者は村を出て行く一方で、村の循環はうまくいかない。
とはいってもたとえば実力主義の時代だから若者に実権を握らせろというほど極端な話でなく、今は昔とは違った足並みの揃え方なんてことを考えるべきでないかと思う。

「いまどきの若者は」「たかが若造がなんぼのもんじゃい」などと印象で言ってしまってはいけない。大事なのは表面的なイメージに関わらず、本質的な部分を見てもらうこと。格好はどうかというよりも村のことを考えて動いている。そこを見てほしい。

やっぱり動こうと思うのは、希望的観測から。

今は知らないだけではなく、知る必要がある。今後の地域のことを考えていくならば、時代に即して情報の風通しをよくすることが必要。ということで、地域で素敵な活動をしている「人」にクローズアップして、ぱっと見たら変わったことをしているけれども思いがあってしているということを理解してもらうため、また都市への情報発信のために情報誌を発行しようと計画している。

田舎で頭を出せばすぐ叩かれる。
情報が独自の伝わり方(ある意味インターネットよりも伝わる速度が早い口コミ)をして影でいろいろ言われたりする。
自分だけの問題だったらいいけど、それが家族のイメージにも繋がったりする。
それが嫌で出て行きたいと思ってしまう若者は少なくないだろう。
だから多くの人は叩かれないようにしようと思う。
それでも何度も頭を出そうと思うのは
田舎に深く根を下ろす問題が本当にどうしようもないことではなく、まちづくり研究会の皆さんとエネルギーを費やして接することを通して時間と少しずつでも変えていける糸口が見えるから。
それはネガティブな側面でもありながら、それほど自分だけで完結しない濃密な関係性は、少なからず安心なコミュニティや豊かな文化等、共同体でひとつの風景をつくっていくために大事なところであると思うから。

直接ひとりひとりと向き合って、コミュニケーションをすること。
そこに寄り添って、誠実に一歩ずつ。
淡河町歳田祭り
歳田祭りの太鼓屋台

TWITTER

いくら有名人だとしても今何をしてどこにいるかには特に興味がない。体調がどうとか何のテレビを見ているかなんてどうだっていい。外出時までわざわざインターネットをしたくない。
といって頑に拒否し続けてきたのですが、仕事柄、必要に迫られて今更ながらtwitterに登録。
サイトトップページに貼付けてみた。cottの姿勢やイベント告知などについて発信したいと思います。

まったく推敲されていない情報。よく考えられた情報。
情報の重さに関係なく入ってくるものだから腰が重かったのだが、
要はツールなので使いようなわけで、おもしろみのない情報は解除すればいいだけの話ですね。

もちろん重要でない情報はデザイン事務所cottとしては不要なだけで、プライベートの安福として必要な情報もある。会話の延長のように短く、タイムリーな情報を求められるときもあれば、長文で推敲された情報が求められるときもある。仕事で情報を扱う者として、せめてそれぐらいはうまく使い分けたい。

たとえばアイドルは今日のメイクや犬の散歩についてだったり、日常的なことをかわいく紹介すればよく、哲学的なことを発信することは求められていない。芸能事務所の人たちなんかはきっと大変でしょう。人間のブランディングをしているのだからつぶやきガイドラインとかブログガイドラインとかを用意して時代に即していかないといけない。

使い方を間違えればたちまちぽいっと捨てられてしまう。そこがとても現代的でおそろしいのですが。いよいよ消費社会の核心に近づいてきた気がする。とりあえず、有名デザイナー、DJなど登録してみました。

たくさんのつぶやきを通して社会の構図をあぶり出そう。
人間のエッセンスに迫りたい。

Retro Memory

retro memory

積み重なるクリエーティブ

広告のクリエーティブはクライアントさんの理解と仕事の規模、予算に大きく左右される。

例えばお堅い仕事であればあるほど実務的な文字情報をできるだけ盛り込みたがり、
美的感覚と想定される効果を理由にそれをそぎ落とすべきだと+αの絵を提案したところで
数十年と積み上げている事務所に比べて実績の少ない事務所の提案する画面の力は、文字の安心感にはなかなか敵わなかったりする。

ぱっと見た感じシンプルでソレっぽい画面をつくるのは簡単。
それに伝える力を持たせるのが難しい。
(広告である限り「伝える」が前提になければならないのでそれではそもそも発想が逆であるが。)

ただ、いつも力なさと積み上げてきたものの薄さに落胆しながら
力無いなりにも、少ない文字情報でそれを凌駕した力をしっかりと伝えられる画面づくりに常に挑戦し続けてきて、近頃は少しずつそれに近づいて来られている気もしている。

最先端で活躍する方々のシンプルで強さのあるデザインは
いいものを作ろうと常に思い続けてつくり続けてきたからこそできることだな、と今も広告を作りながら改めて思うのでした。

小さい仕事も大きい仕事も真摯に向き合い積み上げてみましょう。凛とした空気で。
箱木千年家の軒先で雨宿り
6月のひとこま。
皆様で集まって去年から準備してきたイベントがついに来月です!

田舎の風景

田舎の風景
そばの白と米の黄金と緑の山と青い空と働くおっさんたち。ここにすべてが詰まっている気がするのだ。

girls for countryside #01そば畑

農村地域の魅力を発信するためのガールズポートレート第一弾。
そば畑
そば畑
そば畑
そば畑
MODEL: Asami

私が住む集落の営農組合では転作といって、去年は米植えてたところに違う作物を植えて、また米を植えて…というようなことをしています。最近は十割そばを道の駅淡河で販売するようになったので、よくそばを植えるのですが、白い絨毯のようにあたり一面一気に咲いて一気に散って、春で言えば桜のようにこの時期の風景に文字通り花を添えてくれます。

ロケ地は家の前の田んぼ。撮影アシスタントはうちのじいちゃん。モデルさんの表情を引き出してくれました。(世間話をしているだけ)

田舎の魅力を発信してくれるボーイズも募集。ガールズも引き続き募集。モデルさんは田舎の人でなくてもオッケーです。次は農村歌舞伎舞台にしようか、退廃の美しさを発信するruined portlaitにしようか、稲にしようか、ユリにしようか、茅葺きにしようか…。

そばの花速報

そばの花がとてもきれいに咲いています。緑の風景に白のじゅうたんが幻想的。今まさに満開で、1〜2週間もすればなくなってしまいますので、ご覧になられたい方はお早めにどうぞ。食べるのは有料でも見るのはタダです。
そばの花
そばの花と茅葺き屋根
ついでにいろいろ綺麗です。
コスモス
村上牧場の牛
蜘蛛
農夫の姿
淡河町の風景

瀬戸内国際芸術祭

地域活性化という便利な5文字

いま、地域活性化という言葉だけがひとり歩きしている。
地域活性という言葉は便利に使えるから、実際はそういうところがプロジェクトの芯でもないのに信用性を獲得するために乱用されがちだ。
地域活性という大義名分を傘に着せてアートおよびデザインで活性化。
それは一時的なもので、そのイベント期間が終了したら地域が疲弊しただけだったということもよくある話。

アーティストが農村地域を展示場とするだけであってはならず、その地域の文脈を生かす趣旨で行わなければ今後に続くものにはなり辛い。企画書を持ち込んでこのとおりやりましょうというのでもいけないし、あなたがたの意見を聞きたいです、と意見を募っても出ない。耳を貸そうとすらしてくれないことも多い。その地の場所、人に寄り添って、膝を突き合わせて話をする。その地のまちづくりの意向と共同するのは本当に難しいと思う。(一応当事務所も都市と農村を繋ぐという意味で農村地に寄り添っている。)
高松港の朝

島国で育まれたおおらかな心。

ただししばらく前に伺った瀬戸内国際芸術祭の場合。
意外に悪くないと感じる。
それほどに島民の心がおおらかに開かれていて芸術祭に花を添えていた。あとはその島民の心が消費されないことを祈るだけだ。
エコブームも手伝ってか、最近のアート好きな観光客などは概してマナーが良いのであまり言う必要もないのかもしれないが、このブログを見て行く人は島の人たちの生活空間にお邪魔させていただいているという感覚は常に持っておくようにしてほしい。
瀬戸内の海鳥たち
おすすめは島で普段から営業しておられるさびれた看板の食堂。安くてボリューム満点でその土地の味を味わえる。隙あらばお店のマスターとのコミュニケーションも楽しみたい。豊島の玄関口、家浦港の目の前にあるシーサイド大西など。

他にも豊島の唐ト港でボルタンスキーの心臓音のアーカイブへ行く途中にある島おとめという公民館の利用していると思われる食堂。乙女がたくさんいて華やかですねとからんでみれば、ちゃんとすてきな笑顔であらやだ~と返してくれる。
犬島美術館
顔ぶれを見れば分かるがもちろん作品群は秀逸で、ひとつひとつ作品としてちゃんと楽しめる(ものが多い)。地域との関わりも含めてもわざわざ遠出して行く価値のある芸術祭だ。

開催期間はあと一ヶ月余り。興味があればぜひ足を運んでみてほしい。

これはうちでもやりたい…。わらアート。
http://setouchi-artfest.jp/news/post/761/

たまには

今日は事務所でグラフィックデザイン担当ブレーンのKENTA SHIBANO氏と推敲を重ねています。
KENTA SHIBANO
KENTA SHIBANO氏のサイト
ALPHALISM

久々にポスターってことでテンションあがってます。
どんなかんじのポスターかというと,,,
cottのポスター
ぼかしフィルター。
神戸市内のいろんなところに張られてからのお楽しみ。

事務所の散らかり具合。体をいたわることを知らないこの感じ。
たまにはいいですね。学生時代を思い出します。
いいものができそうな予感。

SOUNDSCAPE

先日、イベントそら祭り京都2010の手伝いに行ってきたのですが、
いらないというので眠っているのももったいないと思い、ライブアート作品たちをいただいてきました。

事務所の外に飾ってみたけど、ますます怪しい雰囲気で近づきがたくなっているような…
中に飾る方が良いでしょうか。
そら祭り京都ライブアート作品
こんな風に直感で自由に絵を描きたいです。
時間ができたら無心で絵を描こうと思いはじめてはや3年ぐらい経つだろうか。
ちゃんと時間をつくろう。

ああでもない
こうでもないと
理論尽くめでぶつぶつ言いながら
ものづくりに燃える人に見えるけど
それは仕事のスイッチが入っているときの話で
実はなんやかんや
非生産的でくだらない話をしているのが一番好き。
はい。田舎のおっさんです。

近頃プライベートでシャッターの回数が減ったのはそういうわけなのだ。
シャッターを押したいと思う瞬間が減ったわけじゃなくて
シャッターを押すのももったいないと思うほどに貴重だと思う瞬間が増えただけ。

京都のサウンドスケープアドバイザーさんと知り合う。
京都タワー展望室におけるサウンドプロデュースなどをされていてとてもやさしい音を生み出す方。

草や風の音、虫の声、人の活気、の中を吹き抜ける風のようなきもちのよい時間でした。

謙虚に寄り添うように、ゆったり一歩ずつ、だけれど軸をきっちり据えてひとつひとつ丁寧に制作されている姿が
仕事とうまくリンクをしていてとても豊かな生き方をされているなあと共感しました。
サウンドスケープの基本は日々を取り囲む音に意識を向けること。
そんな姿勢が日々を丁寧に、豊かに生きる上での基本になっているんだろう。

ドビュッシーをドビュちゃんと呼ぶところに愛を感じました。ドビュちゃん好きに悪い人はいません。笑
茅葺き屋根とばっちりリンクするサウンドです。

サウンドスケープ

小松正史
http://www.nekomatsu.net/

ON A SUNDAY AFTERNOON

日曜の昼下がりと夕方の間ぐらいに、縁側に座って眼下に広がる田園風景を見下ろしながら(うちの家は村の様子が一望できるところにある。)
たとえばある方角に向かう軽トラについてだったり、田んぼの脇に立ち上る白い煙についてだったり、
村で日常的に営まれる風景について他愛もない話をするおじいさんとおばあさんの話をうつろに聞きながら
下の間の畳にごろごろ寝転がって買ってきたばかりの漫画を読む幸せ。
ときおり家を通り抜ける風と虫の声のやさしさに、ここのところ休みなしで動いていたことからくる非日常感が相まってこの上なく気持ちいい。
そうこうしていると近所の犬がいつもの鈴の音を鳴らしながらやってきたらしい。
ダイニングテーブルにあった古くなったパンをあげる。
また漫画を読んでいると父の車のエンジン音とともに弟と妹の声がする。
おじいさんとおばあさんと犬
なんだろうこの感覚。
日本的な造りの民家かつ大家族制度でなければ味わえないこの上なく贅沢な時間。
忙しいときこそこういう穏やかな時間の過ごし方を心のどこかに持っていたい。
最近は田舎でデザイン事務所をやる意味について聞かれることがよくあって、そのときはそのときで客観的な物言いで御託を並べるのだが、
結局のところ一番の理由はこういうところに収束するんだろうなと思う。

そんな日常のひとこま。

Dig up a Rhythm

少し前の話ですが、東京から先生をお迎えして淡河八幡宮弓道場にて和太鼓の練習。
淡河川沿いにあり、その川を抜ける風がとても心地よい。
淡河八幡宮弓道場
作法がある東洋発のものって決まってそうですが
背筋がぴんと伸びるようでした。
一挙一動を丁寧に行うことで体の軸がすっと伸びると共に心も洗われる気がするから不思議なものです。
最近はヨガが流行ってますが、日本人にはこっちの方が合うのでは。

余談ですがいま、全国各地で古くから伝わってきていた音楽がたくさん消えており、
その土地に伝わってきたリズムが消えてしまうのはとても残念。
とりあえず自分たちの生まれ育った土地については見過ごせないので
淡河の地域に古くから伝わるリズム、話、歌について調べてみて価値を発掘し現代にアレンジしてみたいと思います。
情報あれば飛んでいきますのでご教授下さい。

まだ不定期でやっているのですが、たたきたい方もおられましたらご一緒にぜひ。
さとおと
「日本のふるさと音めぐり」
Coming soon…
太鼓の足立七海先生のブログ→http://taikonami.exblog.jp/

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