Home > Anecdote about Design -業界の小話- > In A Park

In A Park

ランドスケープデザインという分野の最先端で活躍する学生の頃からの友人が上海にいる。その仕事ぶりを拝見しにいくというのが先日の訪中の目的のひとつでもあった。彼女は上海のデザイン事務所などクリエイティブな職種が集まる地区のオフィスで働く。ランドスケープデザインとはものすごくざっくりと言えば、公園などまちの公共空間を設計するお仕事。その友人の話では、中国の公園と日本の公園は全く異質なるものだそうで、同じように作ってもそこに集まる人が全く違うとのことだった。そういうわけで早速私もそんな公園使いの達人たちを観察すべく、パン屋でパンとコーヒー(のような飲み物)を買って、よく本を片手に公園で休憩時間を過ごしに行った。
パンとコーヒー
中国の公園の様子
中国の公園でのフォークダンス

中国の街中ではどんな公園にもたくさんの人がいて、公園使いが非常に多様だ。ある公園ではカードゲームや麻雀、体操に社交ダンス、バドミントン、太極拳、カラオケ大会などさまざまなグループによりさまざまな催しが開催されている。日本ではあれやこれやと公共空間に趣向を凝らし、どうにかコミュニケーションを誘発する仕掛けをと考えるものの、そんな悩みはなんだったのだろうかと言わんばかりに彼らは公園をフル活用してくれる。失礼な例えだが、7年ほど前、初めて中国に来た頃は 日本人の私にとっては公園がまるで動物園かのように感じたのを思い出した。中国のコミュニケーションに慣れた今なら皆、屋外を楽しむ術に長けていると言えるが。

本当に所謂普通の公園なのだが、実に活気がある。かといって、それらを眺めながらのんびりすごせないわけでもないし、少しかしましいと感じれば適度な距離感を保って遠巻きに眺めればいい。デザインにおいて重要なキーワードであるコミュニケーションについてぼんやりと思考をめぐらせていたものの、観察しながら特に何かが見えたというわけではない。ただ、多様なコミュニケーションが営まれているのは間違いなかった。人と環境がいい具合に作用して生まれるコミュニケーション、というよりは座る所や影になっているようなところすらなくてもちょっと広くなっているようなところさえあれば起こるような類のコミュニケーションだったのであまり日本でのデザインワークではあまり参考にならないと友人が言ったとおりだったが。

日本では皆それなりにすることがあって、逆にないのをわろしとするような文化。公園には中国のように長期間滞在する人はあまり見られない。このような公園使いをするのは桜が植えられている公園の花見の時期ぐらいだ。あえてちょっとノスタルジックにコメントをするのならば、こんなふうにのんびり過ごす事を忘れてしまっているような気もするとでも言えるだろうか。

いずれにせよのんびり過ごせたのは確かだったので忙しく働くその友人に、自分たちの設計した公共空間で現地の人たちと同じように時を過ごしてみることをぜひ勧めてみたいと思った。仕事熱心な彼女のことだから、きっと設計で関わったところには竣工後、実際に足を運んでいるに違いないが、あくまで日本人としてである。もっと現地人のように過ごしてみてはと提案したところで、断られるのは目に見えているのだが。

そんなふうに人と環境のコミュニケーションについて考えていた。その中で私が特に考えなければならないのは、ビジュアルコミュニケーション。先日の訪中で一番好きだった看板はこちら。
Hong Kong International Airport 滑走路の看板
非常に機能的であることが求められ、その機能をシンプルに満たしている。

もちろん他にも中国にはたくさんの看板があったのだが、どれもイマイチ。といってもビジュアルの絵がどれもこれもイマイチというわけでなく、そのビジュアルの存在の仕方が特にイマイチだった。例えばの山をダイナミックに切り拓いてつくられた高速道路なんかを走っていると、たくさんの巨大な企業広告が建てられているのを目にする。内容はマンション250万元〜というような広告だったり、ヨーグルト飲料オイシーという類のものだ。その看板の脚下を見てみると田んぼのど真ん中にそのコンクリートの基礎をよけて農作物が栽培されていたりする。確かにその商品のことを知ることができるが、外国人の私からすれば伝わるのは明らかにマイナスイメージである。(仕事柄の視点だろうが。)

そういえば、日本でも同じような光景を目にする。たとえば神聖な神社でさえも、○○禁止だとか、の看板が目立っていたり。そんなに禁止しなくても、考えて動くだろうと。「まちをきれいにしましょう」というような錆びた看板自身が景観を乱しているなんて事態も。(ま、企業でなく自治体が建てる看板は仕方ないのかもしれないが。)

特に、商業性を持った看板について、その在り方から再考していかなければならない時代にきている。マス広告の力は弱くなったと言われて久しいが、以前のような広告手法にしがみついていると決してうまくいかないだろう。自分が欲しいものは自分で選ぶ時代。ただ相手を欲しいという気持ちにさせ、購入に導かせられればいいわけじゃない。

グラフィックデザインはサーフェスだけのものじゃない。ふさわしいにぎわいを作り出し、ふさわしいコミュニケーションを導く、そんなグラフィックス。具体的に言えば、商品と消費者双方の幸せを生むような、人と風景とをつなぐ架け橋となるようなデザインを実践していければと。

shenzhen bao'an international airport-expansion t3
Shenzhen Bao’an International Airport-Expantion T3
Massimiliano and Doriana Fuksas

そういえば、噂の深圳宝安国際空港をちら見。外観は完成したように見える。内観も見たかったのですが、残念ながらオープンは2013年8月の予定だそう。(情報源 http://www.businesstraveller.com/)ということまた行かねば。空港が、お好き。いつのまにかcottも5周年。6年目も超ドメスティックながら、グローバルに動ければ。

コメント:0

コメントフォーム
Remember personal info

トラックバック:0

このエントリーのトラックバックURL
https://www.cott.jp/blog/design/6371/trackback/
Listed below are links to weblogs that reference
In A Park from Treehouse Blog of cott

Home > Anecdote about Design -業界の小話- > In A Park

Recent Articles
Backnumber

Return to page top