Tip20: 転がす

新事務所を無理矢理オープンさせて3週間余り。工事の邪魔にはなってしまうのでだましだましインクジェットプリンタを使って来たのだが、それでは事足りなくなってきたので、レーザープリンタを旧事務所から搬入してきた。レーザープリンタといえば多くの普通のオフィスの中で重いものベスト3に入ってくるであろうもので、最低でも気合い十分な大人の男2人、できれば4人を集めて運ぶような代物に思えるだろう。うちの事務所でも最も重いものがそれで、重量はおおよそ80kg。それを旧オフィスの部屋から下ろし、トラックの荷台に載せて現場に運び、現場で荷台から下ろし、部屋に運び込むのは想像するだけでしんどくなる重労働だ。しかしその作業の無駄を2つ省けば実は一人でも運べないことはない。その無駄というのは部屋から下ろし、荷台に乗せる作業と、荷台から下ろし、部屋に運ぶ作業だ。今回は1階の部屋から1階の部屋に運ぶので、一度地面に下ろさなくても部屋の床の高さが軽トラックの荷台の高さとそれほど変わりがないので、そのままはしごをこしらえて、プリンタを転がして乗せると良い。部屋から荷台に渡したはしごの上に合板の破片などの板を置けばスムーズに転がって、力も使わずしてあっという間に荷台に乗せることができ、そのまま目的地まで運んで同じ手順で搬入すれば引っ越し完了だ。余談だが、このとき使うはしごのことを近隣の農家たちは「アイビ」と呼び、「歩み(板)」が訛ってそうなったのか、語源がそうだったのかだろうと思う。「アイビ」持って来いと言われたら写真のような頑丈そうなはしごを持っていくのが正解だ。

今回の引っ越し作業は農家たちが重い機械やものを軽トラックの荷台に乗せるときの応用だったが、 これをさらに応用することもできる。

農村ではあちらこちらに傾斜している道があり、この自然の斜面を利用することも知っておくと役に立つことがあるかもしれない。車が斜面の下を向いた状態で歩み板を渡す。そうすることで、より歩み板の傾斜がゆるやかになるのだ。エンジンで自走する機械を載せたり下ろしたりする場合はそれほど気にしなくてよくむしろ重さで車が転がっていくことを気にすべきなのだが、一輪車など人力で動かす場合はこの高低差は大きな問題だ。傾斜がきつければ一輪車が重いし、傾斜を緩くするためには斜面の距離を長くすれば良いのだが、長い距離を動かすには時間もかかるし、据え付けるアイビも重くて高級だ。高低差が同じであれば物理学的にはどちらも同じ仕事量だが、斜面を利用してアイビの傾斜をゆるくすることで仕事量は減る。

転がすことはすごい発明

私は地元の農家が難なくこの動作をしていることに驚いた。農家の方々は重いものを運ぶことが多いが、それをどのようにして楽に運ぶことができるかを経験的に知っており、その判断は力学的に実に合理的だ。農業をしていると力学を学ばずとも、普通にその場に遭遇して効率よく作業を進めるために頭を働かせると、自然に重力を利用する発想がつくのだと思う。そういうことを考えてみると転がすといえば、誰もが簡単にできる業のはずであるが、それをフル活用できる人は案外少ないのかもしれない。知ってはいるはずなのだが、例えば引っ越しなどでいざそう言う場面に遭遇した時、それを使う発想が出てこない。

考えてみれば一輪車は当然のこと、自転車や車、電車など、我々が普段乗る乗り物は全て転がしていて、レーザープリンタの引っ越し作業では一切持ち上げる事はしなかった。わずかな力を推進力にして重い物あるいは人を運ぶ車輪は文明の発展に大きく寄与した偉大な発明だということを痛感したのだった。

ひょんなご縁から理想的な環境の古民家に出会ったデザイナーが、その日々の中で身につけた業を、日々の暮らしとともにアーカイブして行くウェブサイト。100の業が溜まったら、cotocotoというタイトルで誌面化予定。

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