Tip38: 薪を燃やす

最近は近隣の草木もすっかり春の様相で、薪ストーブを使わないで過ごせる夜もたまにある。11月後半から約5か月間、ほとんど毎日燃やして来たが、薪暮らし1年生卒業を前にして思ったことをざっと記してみよう。

薪ストーブは着火が面倒

まず思ったのが着火が案外面倒だということだ。石油ストーブのようにボタンを押せば火がつくわけがないのは当然のことなのだが、それが毎回となってくると、なかなか面倒だ。薪を燃やすのにもコツが必要で、慣れていなければ10分15分かかっても火がつかないかもしれない。いつもそれほどかかるとなるとそれがおっくうになり、同居人は結局エアコンを使ってその暖房能力の低さに凍えていた。ただ、慣れてくると火をつけるために必要な枯れ葉や枝が分かってきて、外に落ちている枝拾いから始めても2,3分で着火できるようになるので、使いこなすまで少しの辛抱だ。

薪の燃やし方

まず一番下に燃えやすい段ボールや枯葉などを敷き、細い小枝、もう少し太い枝、と入れて給気口を全開にして一番下から着火する。火が枝についたら細い薪、太い薪、と徐々に太いものを入れていき、吸気口から煙突へ昇る空気の流れができてきたら扉を閉める。わかりやすいので太さが太いものと書いたが、実際はよく乾いた燃えやすいものを下に、太くて乾燥が甘いなど燃えにくいものほど上に置いていく。何度も火をつけているとその物質がどのくらいの火でどのくらいの時間燃えるのかがわかるようになるので、とりあえずは細いものからと考えていても良いだろう。

火を大きくしたい時には細いもの、乾いたもの、やわらかいものを入れてやれば火が大きくなるが、火持ちが悪いので硬く、太いものも混ぜてやれば薪の追加を頻繁にしてやる必要もなくなる。給気口の開きを小さくしたりすることでも火を小さくして薪を長持ちさせることもできる。

薪の種類によっても燃え方は当然異なり、硬い樫の木などは太いものを夜に突っ込んでおけば朝になっても火がついているし、杉などは同じ太さでもすぐになくなってしまっている。

薪が乾いていないと水分を蒸発させるためにエネルギーが使われて火が大きくなりにくいばかりか、すすも良く出てストーブを痛める。

薪暮らしに向いている環境がある

煙が出にくい無煙ストーブとうたわれているストーブを購入したのだが、それでも火を着火するとき等は煙突から白煙が上がり、家の外で煙のにおいがするほど案外煙が出るものだ。そこそこ高温で燃え出すと煙がほとんどなくなるが、それでも火を燃やすのに一切煙が出ないということはなく、煙を出しても問題ない環境は大事だ。

町中では洗濯物へのにおいの付着や近隣の火災も気にされるので、近隣との関係が良好でないと難しいだろうし、もちろん大量の薪を置くための薪置き場も必要。

薪ストーブ暮らしをするのなら、家同士が離れている田舎にいてこそ気持ちいい自然と人、人と人の環境ができればほしい。

薪暮らしに向いている人がいる

薪暮らしには大量の薪が必要で、ホームセンターで入手したことはないが、長さ35cm、直径30cmほどの束が800円で売っているのを見た。それを使えばうちではおおよそ1日3束で2400円、30日で7.2万ものお金がかかる。たまたま私が見たホームセンターの値段が高かったのかもしれないが、安く入手できたとしても薪になった状態の商品を買えばおおよそその半額はかかるようだ。

近隣の植木屋さんに頼んで伐採する時に呼んでもらって無料で木をもらうこともできる。ただ、必要な長さに切って割るための労働時間を考えると、その時間を仕事に費やして、お金を出して買うというのもひとつだと思う。

それほど趣味性が高いものであることがわかったが、価格以上に、自分で調達し、薪を割る意味があるということも分かった。

それは自分の手で身近な自然の中からエネルギーを取り出して暮らすこと。薪を調達して乾燥させて暖を取る行為は、快適な気温を作り出して過ごしやすい環境をつくるという、生活のために必要なことで、暮らしと一体となった行為だから、そもそも労働という気がしないし、その人間関係も楽しい。そして何よりそういう仕事をしていると生きているなぁという気になる。ただ暖を取る以上の何かである。そう思えるのなら、きっと薪ストーブに向いた人間だろう。

自然からエネルギーを取り出す暮らしは自然にも人にもいいことが多い。

薪を燃やすときには二酸化炭素が発生するので環境によくないものと一見思うのだが、「カーボンニュートラル」と言って、自然の薪や藁を燃やして二酸化炭素を発生させたとしても、それはもともと植物が光合成をして二酸化炭素を吸収して大きくなった炭素の塊が薪や藁で、自然界に二酸化炭素を増やしているわけではないらしい。

燃やしたあとの灰は草木灰といって、ホームセンターでは1キロあたり500円から800円ほどする高級な肥料として売られていて、農業をしている友人が欲しいと言って持ち帰っていて、それでまた植物が育っていく。

そして自然の循環に加えて、人の循環ができることこそ魅力だと思う。薪を調達するのは、山を持っていれば大きくなりすぎた木を自分で伐採して行けば良いのだが、うちでは大家さんの植木屋さんに持って来てもらっている。燃やして処分すると法律違反で、土に埋めて処分しないと行けないそうだが、丸太は分解されるまで時間がかかるので、植木屋さんとしても家の近くに薪を引き取ってくれるところがあるのは助かるらしい。丸太を持って来たり切りに行ったり、あるいはたまにラーメンを食べに行ったりする人との関係も含め、薪を巡る小さなコミュニティができるのだ。

ただ使うだけでなく、生み出し、使い、廃棄し、また生み出すところまで関わりを持ち、自分自身を自然の循環の中に置き、それがつくる人の繋がりを大切にして暮らす。それはとても人間らしい暮らしだと思う。

エコだという話もしてみたが、エコから良いのではなく、そういう自然の中ならエネルギーを取り出して暮らすと心地よくて、その心地よさは循環しているからかもしれなくて、結果エコなのだ。ストーブがあると、何でも燃やすので結果ごみが減る。もういらない資料はストーブ行き。ごみのかさがぐっと減るし、シュレッダー的な使い方もできる。何でもかんでも燃やしてしまえ、的な発想は、一見乱暴なようで、的を得ているような気がする。

逆に、ストーブで燃やせないもの、例えばビニルなどのプラスチック類等には気を使う。灰を友人が肥料に使うため、人工的に合成され、燃やすとよくなさそうなものを燃やさないでいようと思う。高温で燃やせばダイオキシンが発生しにくいという話もあるらしいが、それをまた土で使うのなら、プラスチック類はきちんと分別するか、極力頼らないようにと思うようになった。よくみる海のゴミ問題や温暖化などの画像を見ると気をつけたいと思うが、行動に移すには少し腰は想い。それより自分の身近なところが一番アクションに繋がる。

火が周りにあると、自然の摂理や循環の中にいるという意識が芽生えて、空間に求心力を与え、人をそこに集める。田舎の人たちは皆火の心地よさを知っているからか、近所の友人が突然やって来て、ストーブの上に鉄板を置いて肉を焼き出すこともよくある。楽しくおいしくあたたかし落ち着くから、人があつまる。「エコだから」から始まらないのが良いのだ。薪ストーブ暮らしを始めることは、人間を自然の中の一部とすることで生きている実感を取り戻すこととでも言えば良いだろうか。

今年も来年の冬に備えてのんびり薪を集めていこう。

ひょんなご縁から理想的な環境の古民家に出会ったデザイナーが、その日々の中で身につけた業を、日々の暮らしとともにアーカイブして行くウェブサイト。100の業が溜まったら、cotocotoというタイトルで誌面化予定。

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