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Depth

車窓からの富士山
久しぶりに東の都へ足を運んだ。文字にすると非常に抽象的で分かりにくい話だが、なんとなく思ったことがあったので、久しぶりにヒトリゴト的な文をつらつらと。
「価値」とは人が認識するものだから、そこに人がいる限り、どこにでもあるものだが、都市ではあらゆるものの価値が見立てられてしまっているように感じる。もちろんそれは悪いことではなく、生活者としてとても楽だ。だが、価値を見立てることを業とする者にとってはあまり面白くない。極端に言えば道ばたに生えたたんぽぽが美しいといったことすら価値が見立てられているようにすら感じる。常にそんな見えない誰かの声に囲まれ、全部受け止めていたら頭の処理が追いつかなくなって来る。
価値が見立てられすぎているところでわざわざ価値を見立てる必要はないから、価値が見立てられていないところの価値を見立てようということが言いたいのではない。価値が見立てられていないところに拠を有する者として思うのは、望んでいないものの価値を見立てて回る必要はないのではないかということ。きっと胸の内にそっとしまっておくほうがいいものもあるということと近い感覚だと思う。わざわざ言わないけれど、美しい。「間」や、「しつらえ」、「気品」などという言葉で表現される事物は無為に語らないものである。日本人らしく、そういう奥行きのある感覚に身を任せておくのが心地いいのだ。その先に、ここでの暮らしの中の多くの物語が一番輝ける場所があるような気がするのだ。暮らしの物語のポテンシャルとでも言う方がわかりやすいだろうか。なんでもかんでも説明してくれる、美術展の音声ガイドみたいなものでなく、説明しすぎないけど(もちろん要求されたら語れる)、肩肘張らない暮らしに心地よくなじんでいくものを考えて行きたい。これからも謙虚に、アニマに最大限の敬意を込めて、必要に応じて価値を見立てながら暮らしていこうと改めて。暮らしにもデザインにも奥行きを。
ねこじゃらし
事務所に入ってきたアオジ
パンダのキャラの横断幕
淡河小学校の横断幕
小中学校にパンダ一家の横断幕を納品してきました。

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