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Treehouse Blog of cott

古民家オフィス始動

更新が少し滞っていましたが、やっと事務所にインターネットが開通。ちょっと改造するまでの当面は土間で仕事。

その地区の一等地にある由緒正しき家なのにも関わらず、こまめに覗きにきてくれたり、ふとん持ってきて住み込まんかいと言って下さる地元の方もいて、ここはとてもあたたかいところです。ですが、人が入って来やすいようにいろいろ開け放していたら真っ昼間なのに3℃で、とてもさむいです。
古民家の家紋

こちら、入居当時のキッチン。流しはお手製の石造り。奥様が長年使われていただけあって、大変使い勝手が良いです。
私には少し低く、若干腰にきますが、、

そしてトタンをかぶってはいますが、茅葺きです。
トタンの下の茅葺き

仕事の依頼等でなくとも大丈夫ですので、お気軽にお越し下さい。
平日9時〜18時まで、いつでもWELCOMEです。縁側によく日のあたるお昼頃がおすすめ。
くわしいアクセスはCONTACTよりご覧下さい。

Idle Talk About Photograph

独立当初からほぼ丸4年間。いつもお世話になっている飲食店へ出張撮影に行ってきました。たまには都会に出没しています。だいたいこんな感じでセットを組んでから微調整していきます。(この写真はまだセッティング途中。。)
スタジオ設営中
普段あまり意識されないのが普通だと思いますが、ものを見るアングル、ものの質感や色、背景などによって、ものの見え方は常に変化しています。例えば金属など、いろんな光の反射が起こりますよね。それを読み取るのはとても大切で、撮影のときに「撮影対象物の皆の頭にある共通イメージ」のディテールがどうなっているか、基本を抑えておかなくてはなりません。慣れてくれば日常生活においても、どの角度から見たときに、どこの部分にどの光がどこからどのように入射しているかが見え、どういう光を当てるとそのものらしい絵が撮れるのかがわかるようになってきます。別のものを撮影するとき、アングルを変えるときなど、何かをちょっと変えるだけでもセッティングをいろいろいじっているのはそのためなのです。

撮影道具紹介

今日は撮影の道具を少し紹介しましょう。
まず今回の撮影で一番活躍した秘密兵器はこちら。何かわかりますか?
湯気発生機
正解は湯気発生機。つくられた湯気です。でも嘘ではありません。実際にあったか料理のできたては湯気を発生させているのですから。料理が完成したその瞬間にバシッと一発で撮れればいいのですが、なかなかそういうわけにもいかないため、こういう道具を使います。こういう道具は写真用に売っていることはあまりないので、自分たちで情報を入手しつつ、試行錯誤していかねばなりません。それがまたおもしろかったりするのです。
写真の基本的な考えとしては現実をそのまま写すというよりも、少し大げさに写します。というのも、脳はある程度風景やものごとを誇張して記憶しています。色に関しての誇張された記憶を記憶色といいます。
演出は脳内にある記憶や経験に近づけてやるためにもある程度必要だったりするのです。フィルムも多くはそう作られています。もちろん、そのままの色で撮れるようなフィルムもあります。

近頃はシャッターさえ押せば、誰でもある程度の写真が撮れる時代。だからこそこういうことはしっかりと押さえておかないと。

これは電源部。
ジェネレーター
ストロボのバッテリーで、ジェネレーターといいます。通称ゼネ。瞬間に大量の電気をチャージし、一気に放出する撮影に使います。大光量の発光ができるようになります。

そんなこんなでデザイン事務所の割にいろんな撮影機材がそろうcottですが、その中でも特にお気に入りの機材はこちら。
スタジオデラックス
スタジオデラックス。通称スタデラ。入射光式露出計です。スタジオ撮影では使えないくせに、スタジオデラックス。適正露出といって、簡単に言えば綺麗な写真を撮るためのシャッタースピードと絞りを測ることができるものですが、デジタルでバシバシ撮ってその場で確認できる今の時代、ほとんど使わなくなりました。ですが、露出計のついていないマニュアルカメラでは必須アイテムです。半世紀以上前からいま現行で発売されているものまで基本的には設計が変わらず、電池不要のエコ仕様。
そして何よりこのデザインがなんともお気に入りなのです。首から下げておきたい。

写真からデザインまで、それなりに頑張っています。

こちら、お遊びで撮影してみた手帳。
手帳

陰翳を宿す

昨年末の話。
自宅から車で1,2分のところに寺がある。山の方に向かって少し坂を登り、一番奥にある建物が寺だ。村中の家が見渡せ、一休さんの話に出てくるようなTHE寺とも言うべき寺である。以前私がその寺を訪れたのはおそらく20年近く前だったと思う。
そこで除夜の鐘をついてきた。

鐘を撞くといっても撞くだけの人はいない。何をするかと言えば、甘酒を飲んで鐘を何度かつけば後は特に何もしない。灯りと言えばお寺の蛍光灯が少しついているのと、たき火のあかりぐらい。そんな暗闇の中で火を囲い、温かい甘酒をすすりながら年末年始の談笑。何でもない話だ。火のぼうっとした薄明かりで暗闇の中に皆の顔が赤く浮き上がる。人々は代わる代わる鐘の前に向かい、大きくふりかぶって鐘を打ち鳴らす。皆、その闇に広がる鐘の残響音に聴き入る。
永春寺で除夜の鐘を撞く
普段は人も歩いていないような夜中にただ人が集まって、108回目の鐘の音を聞けばいそいそと帰路につく。今思えばあの感じは今の時代には非常に希有で、子供の頃に体験していればひとつの心象風景となっているだろうと思う。残念ながら、私は子供の頃に除夜の鐘を撞きに来たことがないのでその記憶はない。確認はしていないが、おそらく「夜更かしが許される唯一の日に起きておこうとしたが、普段慣れていないためどうしても眠ってしまい、年が変わって起こされて、眠い目をこすりながら家で神様に挨拶をし、またすぐに眠った」というパターンを毎年繰り返していたはずだ。というのも、お寺での他のイベントはよく覚えている。いや、正確に言えばイベントの内容は覚えていない。紙芝居、人形劇の内容は一切覚えていないが、お寺の本堂の広い空間に響く音や奥まった部屋の薄暗さ、裏庭のすこし肌にまとまりつくようなじめっとした感覚やそこから一望できる村の風景の爽快さなどは感覚として焼き付いていた。除夜の鐘の残響音と暗闇の中で、風景が走馬灯のように脳内を駆け巡った。

日本人が大切にし続けてきた風景の生まれ方。

こうして直接的出来事としては覚えていないが、なぜか音や匂い、肌に感じる感覚として心の中に焼き付いている。所謂心象風景というものだろう。経験から心の中に広がる淡い風景。それはきっと日本人が大切にし続けてきた風景だったのだろう。詩的で、曖昧で、朧げで、はかなげで、日本的で美しい。昨今のように陰翳を消すのでなく、陰翳を愛でることで日本古来の感覚が磨かれてきた。自然に親しみ、その場所特有の湿気の多さや季節の移り変わりを認め、巧みに生活と自身の感覚の中に取り込んだ。

目を瞑れば闇の中からふつふつと湧き出てくる。そういう故郷の心を宿らせた風景はその土地の文脈を継いでいくための仕組みとしても重要な役割を果たしてきたのだろう。日に日に農村地域の生活に潜在する哲学に感服する日々。そういった闇や湿気を愛でる作法は今の日本にどれほど残っているのだろう。この場所にそれがまだまだ残っていたのは私にとっても新たな発見となった。というのも、うちの集落の全世帯が同じ宗教で(近年は一部違う家もあるそう)、その寺の檀家さんだそうだ。まだそういうものがかたちのみならず、思想として残っているのだ。そういうところを考えると、まだ新規住民が入って融和するというのも少し難しいところもあるかもしれないが、ひとまずその議論は今は置いておこう。

陰翳を自身の中に。

もちろんそのような日本人が生きてきた風景をむやみに肯定するつもりはないが、私個人としてはその地域の文化コードを引き継いでいくという意味で大切にしたいと誓った年明けだった。きっとそれは論理で語る高尚な方法論よりも優れたものであり続けうると思っている。コミュニケーションの対流を生み出すために、頭を使うのではなく、寄り添うのだ。ひとまず寺子屋などと呼ばれていた頃のように、もっと生活の身近な所に取り込みたいと思った。陰翳を礼讃しているだけでなく、陰翳を日々に宿そうと思った。年始に和尚様の奥様と少しお話させていただいた際、お寺にはいつでもぼ~っとしにきてほしいとのことだったので後日ぼ〜っとしに行った。そうすると、ご丁寧に寺中の所蔵している歴史的なものから建物まで全てご案内いただき、おまけにお茶までよばれてしまった。
今度、月一回細々と開催している写経の会に混ぜてもらうことにした。次はぼ〜っとできるのだろうか。(いま写経に来られている村の方々は饒舌な方ばかりだそうで…。)

座禅や写経、精進料理などが流行っているようだが、観光でなく、できるだけ日常として体験して欲しい。
ぼ〜っとしている時間を優雅と捉えるか、退屈と捉えるか。(決してスローライフという意味ではない。)
そんなところにいろんな問題をほどく結び目があるような気がしている。

淡河町勝雄の風景
神戸ルミナリエ
神戸イルミナージュ

余談だが、神戸市中央区では「神戸ルミナリエ」、神戸市北区のフルーツフラワーパークでは「神戸イルミナージュ」なるイベントが開催されているが、「ヤミナリエ」なんてものをお寺でしてみたいな、なんて思っている。
yasufuku
永春寺からの風景

つながる辰

あけましておめでとうございます。

cott 2012

これまでcottは、地域内また地域外に関係性を広げながら地道に活動してきましたが、これからはコミュニケーションが対流する場を積極的につくっていくことを考えています。そのため年始より茅葺き屋根の古民家に事務所を移すことにしました。また、事務所を地元のまちづくり研究会とシェアすることで、より地域に根ざしたコミュニケーションの対流づくりに寄与していきたいと考えています。年始から春にかけて少しずつ手を入れていきます。環境が整い次第また改めてご案内させていただきますので、ぜひお気軽にお立ち寄り下さい。

cott 2012

事務所を移して心機一転。5本の線を引けばつながる2012年。線には色がなく、上画像のとおり光の加減で見えなくなります。できるだけ自然に、隠れた線を引きたいとの意図です。ある方より「じいちゃんからこれ何にも書いてへんぞ〜といって渡された」との話を伺い、しめしめ。そこでは引いてある線の存在が消えています。主張をするでなく、そこに根付きながらじわじわとなじんでいこうと思います。デザインという武器は、攻めるためでなく、守るために使っていけたらといつも思っています。(もちろんどんな武器もそうですが。)

ふと裏をめくってみれば「たつ」という文字。
cott 2012

拠点をベースに、これまでつながったモノガタリをこっそりつなぎます。

デジタルツールに囲まれながらも、宛名とメッセージはまだまだ手描き。年賀状の目的は、印刷物のデザインの可能性を訴えることでなく、お世話になった方々へ感謝の気持ちを伝えることですからね。

では、茅葺き新事務所ともども、今年もcottをよろしくお願い致します。

モノガタリという処方箋

遡ること1ヶ月以上前。町内で文化祭があった。私もいち住人として出品。去年は町内で撮ったガールズポートレートの組写真を出品したが、今年はいつもお世話になってるおっちゃんおばちゃんたちにそういえばどんな仕事をしているのかちゃんと説明したこともないし、この機会にとポートフォリオを改めて制作。

ということでポートフォリオをアップデートし、公開しました。
cott works 2007-2011 http://www.cott.jp/books/

もっとビジュアルを豊富にしようかとも思いつつ、丁寧な説明を自身に課すという意味でもできるだけテキストを載せて編集しています。
cottで描くアウトラインを垣間見てくださればと思います。賞讃はもちろんのこと、批判も大歓迎。

デスク周りも公開。
こちらはPC脇のインドコーナー
インドコーナー

yasufuku

ツチノコのモノガタリ

町内でツチノコが出たといって、熱心に活動をされているKさん。
福祉センターで紙芝居をされるという情報を聞きつけ、見に行ってきました。

この画像はそのときの紙芝居の1ページ。
ツチノコ検索

子供の絵に毛が生えたような自由さが漂う味のある絵。
デザインをやっているとどうしてもこういう発想がないので羨ましいところ。

ツチノコの模型

ツチノコがいるいないの議論は地元の視点に任せておいて、

ツチノコのおっちゃんは、すごくおもしろく話してくださり、終始その場が和んでいました。
テーマコミュニティーでなく、地元の皆が楽しめるモノガタリを提供できる、
最高のエンターテイナーたちです。

ツチノコはなぜか昔から日本で議論され続けてきたが、結局見つかっていない架空の生物の代表格。
そうやって見たという人がまたいろいろなモノガタリを提供してくれる。
他にも河童や鬼など、日本の架空の生物は妙にリアリティがあって、皆で想像力を巡らせながら話が広がる。
もしかすると昔の人が村を維持していくために生み出した仕組みのひとつだったと考えることもできるのかもしれませんね。

近頃はゆるキャラブームですが、その地域の文脈をそのまま絵にしたものでなく、
昔からいろんな人の想像力と体験が融合し、皆で創られたキャラクターはそのかたちに哲学を感じます。
いつもそんなキャラクターをつくる妄想会議に携わっていたいものです。

cott写真館

田舎の広い農業用倉庫を転用して写真スタジオにしています。
今日は家族写真の撮影。

まずはわくわくさんに変身してのプチワークショップ。
ダOソーで調達してきたグッズで想像力を巡らせてもらいながら、小道具をちょきちょきしてもらいます。

昔写真屋さんで撮った家族写真を見て、写っていないけど思い出す、普段見ることのない父の背広姿だったり、なんだかぼんやり思い出すことってありませんか?この作業はそのためのもので、みんなに制作に関わってもらって写真に愛着を焼き込んでもらうのです。倉庫独特の油臭さもそれを助長します。そうやって「残るモノ」づくりにできるだけ近づけるようにしています。
さてさてその間にセッティング。
cottのプチワークショップ

写真セレクト中
最後にほしい写真をセレクトしてもらいます。
自分たちがほしい写真が結局は愛されますからねぇ。

それにしても疲れたばぶ。大人の都合に合わせる子供も大変ですねぇ。

こんな雰囲気に仕上がりました。
家族写真
きになるお値段はなんと!…秘密。ですがお気軽にお問い合わせ下さい。しばらくはお試し価格。
撮影枚数が増えてきたら正式オープンのお知らせをまた改めて。

現在、手強いこどもたちに対抗するべく倉庫の奥でがさごそしつつ、子供グッズ増強中。

こちらは子供グッズで悪ふざけする例。
赤いランドセルの男
イイネボタンを追加しました。

ゆるキャラづくりの会

雨ですねぇ。じめじめ。
淡河ゆるキャラづくりの会
という名の飲み会。
町民主体のイベントということであえての直前告知。
模造紙やゆるキャラ資料集を広げて日が変わるぐらいまでわいわいしたいと思います。
ゆる〜くご参加ください。

定員15名ぐらい。

オープンデスク初体験!!

はじめまして、皆さま。 こんにちは~

オープンデスク体験で来させて頂いた コウヅキ と申します。

今日は町内ぶ~らぶ~ら案内してもらいました。

途中でお邪魔させてもらった陶芸の展示会、

チョットだけときれいに赤く染まったもみじ、

かわいい奥さんのカフェ、

すごくまったりした時間過させてもらいました。

ありがとうございました。

会社ズル休みして良かったです笑・・・秘密ですよ!!

このブログ、オープンデスクの初めての仕事です。

これからデザインの事、他にもたくさん学べそうで興奮しております!

皆さま、最近気温差激しいですが、風邪には気をつけてくださいね。

わらしべ感覚

むか〜し、むかし。学生の頃の話。

旅行が好きで日本へ海外へとふらふらしていた頃。

いろんな旅行で取り溜めた写真群にそのとき感じていたメッセージなんかを載せて
ミニ写真集に仕立て上げて学園祭などで販売していたことがある。
デザイン性もくそもない、いまとなっては恥ずかしい代物なのだが、それについて忘れた頃に
久しぶりに再会する友人や購入していただいた方などからメッセージをいただく。

あのときはそれなりに真剣に考えていたものだから
その度にいろいろと思うところがあって
そんな小さな繋がりとまた先を見る意欲を生み出すきっかけをくれた
当時の自分とそのまわりの人たちに感謝である。

100均でファイルを5万円分購入してひたすらカッターで断裁してファイルに入れこんでいくあの果てしない作業。手伝ってくれた友人にはきっと一生感謝をする。

仕入れ値が105円、印刷代がほぼ0円(学生の特権をフル活用)、売値が確か300円。
人件費もくそもない仕事。
だけどその売り上げをきちんと貯金して
型落ちで安くなったエントリー機種のデジタル一眼レフを買った。

自分の力で社会にアプローチし、お金を生み出し、それが仕事の糧となる道具に換わった。
もっともプリミティブな人間とお金の関係を体現した瞬間だった。
いわば、わらしべ長者のような感覚だ。

よくも悪くもひとりでやってる間、その感覚はしばらく続いていて、
いまとなっては小さいなれども写真スタジオを持っている。

だから何だということもないが、
なんだかいろんなものやこと、ひとにいつも感謝をしている。
そうやって生きられている。
そういう意味で、これはまだまだ続く延長戦なんだろうなと。

朝もや

ここにわざわざ書くことでもないかもしれないし、
何でも感謝とかを口に出して済ませてしまう非論理はあまり好きではないのですが、たまには。

改めて考えると家の近所もドラマチックです。

今年はすこし早めに振り返って、いいスタートが切れそうな予感です。
yasufuku

How to draw a line

たとえば一本の線をどう引くか、もしくは引かないかという問題についてしばらく考えている。

白い紙にまっすぐな一本の線を引くとき、中途半端に濃い線をいきなり引けば曲がってしまうし消しにくい。その紙に極めて薄い下書きをして濃いまっすぐな一本の線を引く方がいい。

ただし、それは紙が白いという前提での話だ。
多くの場合、紙は白くない。特に農村地域において。

またその紙をじっくり観察して、薄い下書きをたくさん引くことからはじめようと思う。
そしていかに短く濃い線を引くかに徹する。
それがひとまずの結論。
神戸デザイン対談
神戸デザインエアポート2011終了しました。イベントにお越しいただいたみなさま、応援していただいた企業のみなさま、出品者のみなさま、厳しくも優しい諸先輩方、そして実行委員会のみなさま、本当にありがとうございました!
神戸デザインエアポート実行委員会
と、同時に淡河の文化祭。海と山のええとこ取りな週末でした。
淡河のおかあさん方の手料理
淡河町文化祭にて瓢箪を展示
瓢道綱領
飄々と謙虚にくびれよう。
yasufuku

茅葺き屋根とふれあう月間2011

茅葺き屋根とふれあう月間2011
茅葺き屋根とふれあう月間2011
4C/4C
AD/D: Yasufuku Yusuke
CW: Yamamori Aya

今年もやります。茅葺き月間。

中吊り&駅張りポスター、見かけられたらご一報を!
各種ポスターがご入用の方は差し上げますのでご来所くださいませ〜

写真は昨年の箱木家ライブのときに撮影したもので、
辺りが暗くなる瞬間、山と空のシンプルな構図の中、茅葺き屋根が黄金色に浮き上がっています。
茅葺きは豊かさの本質を持った農村の黄金なのです。

これから徐々に光ります。5年後ぐらいには真っ金金に。お楽しみに。

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