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On The End of June

Biblioteca del Instituto de Artes Gráficas de Oaxaca
海外でノマドワーキングを実践してみて約4ヶ月がたった。アメリカから南下してきて今はグアテマラにいる。この国はコーヒーがうまく、自然が多い。未だに伝統的暮らしを守っている少数民族も多く、彼らの彩り豊かな服装は街中によく溶け込んでいる。実はこのブログには今どこにいて、何を感じているといった個人的なことを書くつもりはなかった。というのも、正直に言ってしまうのならば、いま、cottでローカルな暮らしを実践し、ローカルでデザインを生み出していくという旗を掲げている中で、海外ノマドを長期で行うということは田んぼや消防団などの田舎の務めを長期で放置することになるため、無責任だし、わがままだと思う人もいるだろう。さらには日本社会の輪から仲間はずれにされてしまうのではないだろうか、といった恐れがあった。しかし、4ヶ月海外で暮らし、様々な人の考え方、生き方を目にしながら暮らしてきたいま、その種の心配や後ろめたさはいつの間にかどこかに去っており、近況について書いてみようと思った次第だ。

さて、まずはこのノマドワーキングの始まりから書いた方が良いだろうか。私は建築デザインの分野出身のため、死ぬまでに見たい建築がたくさんある。建築は3次元のものであり、2次元の本などでは良さを十分に理解できない上、その場所に建つものなので、amazonで取り寄せるわけにもいかない。実際、多くの建築家たちも世界の名建築へ足を運んでいる。通常の日本社会に属しているのであれば、それを見るために頑張って1週間の休みを取り、はるばるその街を訪れるということを繰り返すか、思い切って仕事を辞め、貯めた貯金を切り崩しながら旅行するのが普通だ。飛行機で何度も大移動を繰り返すにも関わらず、ほんの近場しか訪れられないのは、非効率であるし、せっかく訪れるのであればできればその場所のアニマに触れ、その土地の文脈まで深く理解したいので、前者はできれば選択したくない。(デザインにおいて文脈というのはそれと同じぐらい、あるいはそれ以上に重要だ。)となると後者であるが、皆が家庭を背負いはじめる年齢で仕事を辞めてまたスタートしなおすのもなかなか勇気のいる選択だ。

だが、よく考えると第三の選択肢が自分にはあった。いつものように仕事をしながら移動すれば良い。独立して約10年経ち、きちんと色調整がかけられたモニターで編集し、プリンタで原寸出力しなくてもラフの段階で仕上がりがある程度予想できるようになっていた。打ち合わせは優秀な外注さんたちにも頼めるし、信頼できる業者さん、田んぼを任せられる近所の方々、そして理解してくださるお客さんなどたくさんの人たちに恵まれていた。テクノロジーの進歩により、ノマドワーカーなどという言葉が使われはじめ、事務所にいること、あるいは事務所そのものの必要性がなくなってきたなどと言われはじめて久しいが、どちらかと言えば私はそれを信用しておらず、紙を扱う以上、資料や設備の整った事務所がいい仕事をするための一番の作業環境であると思っていた。例えば田舎の川のせせらぎを聞きながらパソコンひとつでどこでも働くということは地方での仕事を勧めるための広告のようなもので、実際は効率が悪いしありえないことだと思っていた。だが、それを試さずにそう断言できるほどの理由もなかった。むしろいつも自分の好みの音楽以外が流れてくる状況、自分の手に馴染んだ道具以外を使ってみたりすることなど、自分のソースにないものとの出会いを想像してみるととても楽しい。第三の選択肢が浮上してから、「思い切って出てみると、人も時代も味方してくれるに違いない」と思うようになるまでそれほど時間はかからなかった。そんなこんなで10年という節目、さらにいい仕事をすべく、建築やグラフィックも含めたデザインを見るために、生やしていた根っこを土から切り離し、えいやっと出てきた。腰を落ち着けかけた場所の居心地の良さに甘んじることなく、引き続き新しい場所に向かいたい。

今回の渡航でのノマドワークの実践を通して、10年余り前では考えられなかったほどの時代の進歩を体感することができたのは本当に大きな収穫だった。外注先やクライアントに迷惑をかけそうになればすぐに帰国する予定だったが、今のところ大きな問題はない。手元の携帯電話は何も設定しなくてもそのまま世界中からつながるし、事務所の電話も転送されてくる。もう少しゆっくり追いかけて異国気分を味あわせてくれと思うほどに電波はグアテマラの湖畔の小さな村まで追いかけてきて瞬時にクリアにつながる。WiFiはそんな村にも張り巡らされ、編集したデータや撮影した写真はこまめに複数の外付けHDDにバックアップしなくても、ネット上に即バックアップされ、日本の事務所と作業環境が瞬時に同期される。実際にパソコンを盗まれたが、すぐに新しい端末を購入し、環境移行することだってできた。忙しい時期は仕事場にしているホテルや図書館等に缶詰になることもあるのだが、食事のための外出さえも多くのインスピレーションを得られるリフレッシュタイムとなるし、一箇所に滞在していると顔見知りが増え、自分の家が増えたような気分になり、繁忙期すら楽しめるのはお気に入りだ。たくさんの人が温かい心で迎えてくれる。

また、新しい時代の働き方について多くの人が考え始めていることを日本で暮らしていると感じているが、世界でも同じように考え、同じような働き方を実践している人とも多く出会えた。昨日出会ったアメリカ人のSarahも、旅行をし、更新するブログでお金を稼いでいるという。(具体的にどのぐらいかは聞いていないが。)会ってまもなく、彼女は「人生についての話をしよう。あなたの人生の中で何がしたいの」と切り出した。とっさに適切な言葉が見つからず、私は「いきなり抽象的なことを言われてもちょっと答えに詰まってしまうなぁ」と返した。その種のことはこれまで何度も考えて答えを出してきたのに、アンパンマンの歌を小さな頃から何度も唱えてきた(意味不明な方は歌詞を調べてみてください。)のに、今、すぐに答えられない自分がいたのは自分でも少し意外だった。自身の価値を見出すために強い言葉やコンセプトを表現することを必要としていた若い頃の自分とは違い、歳を重ね、人との出会いを重ねることでそれが必要なくなったのだろうと少し嬉しく思った。強い刀は自分を守ることもできるが、同時にそれは武器でもあるのだ。
すると彼女は自分の人生観を話し始めた。ざっくり話を要約すると、「アメリカ人も日本人も働きすぎて、本当に大事にすべきことを見失っている」と言っていた。そういう議論が行き過ぎると「いつでもどこでも、働きたいときに働いたらええやん」といった考えになるが、仕事は人から頼まれたことを約束通りにやることなのだから当たり前に時間制限があって、求められる結果があると思うので、完全に同意はできず、その時は自分より少し若者の意見をただうんうんと聞いていた。だが、場所を限定せず風のように流れながら自分の生き方を手にしようとしている、あるいは手にしている人たちと接することで、少し肩の力が抜けていったような気がしているのは確かに感じている。

話が少しそれてしまったが、要するに、元気にグアテマラでノマドワークをしているということだ。いつも通りに働きながらも、毎日違うものを見て、毎日違うものを食べて、たくさんの人と話している。今週はよく働いた。少し忙しくなりそうな次週にも備え、この週末は、富士山より高い山でリフレッシュをしてくる予定だ。なお、同じような働き方を望む方のために、自分の場合の具体的なメモを記しているので、必要な方はこのブログ上のTips for Digital Nomadを見ていただければと思う。また、先々月のブログでもお知らせしたが、特設サイトにて異国にいる間見たデザインを毎日アップしているので気が向けば見ていただきたい。(ただし、サイトが重いです。時間ができればデバッグ予定。また、パソコンが盗まれてしまった間は記事が抜けているのが、それもそのうち補完予定。)
tocotocoWEB
Museo Internacional del Barroco / Toyo Ito & Associates
yasufuku

Thanks for Everyone

毎年仕事と田んぼに翻弄されるGW、今年は英気を養うことができた。
支えて下さる方々に感謝して、このままいいスタートをきっていければ。
カミノレアルホテル

Less is More

夜はめっきり涼しくなった。事務所にいるときはいつも音楽かラジオを流しているが、この季節の夜はプレーヤーをOFFにして虫の声を肴に、思索にふけるのにちょうどよい。

近頃は仕事も休む間もなくやってきたり、休みの日には地域の方と一緒に農業をしたり、地域活動をしたり。ローカルでデザインを本業にした暮らしがすっかり落ち着いてきた。作ったものが形になって、それが世の中に出回って、例えば何も知らない友人がそれをSNSでアップしているのを見たりする時なんかはとても嬉しい。考えをぶつけ合いサポートしあえる方もいるし、いつも仕事を頼んで下さる方もいて、本当ありがたい。仕事の道具が増え、仕事の環境も充実してきている。様々な方に囲まれ、やりがいを感じながら日々、東奔西走している。(メディアに紹介してもらう機会に恵まれたものの、きちんと情報発信出来ていないのは少し心苦しく、改善して行こうという気持ちではいる。)

一方で、自分の場所が増えるにしたがって、自分の思った事が実現する環境が整うにしたがって、不自由になって行く様な感覚があった。その感覚はきっとデザイン以外の仕事をはじめていたとしてもそうだと思う。その正体にずっともやもやしていたのだが、近頃はそれをなんとなく言葉にできそうだと思っていて、猫も寝静まった夜に何度も書き換えながら筆を進めてみた。

そのもやもやの正体のひとつは自分がフォーカスされることに対するためらいだと思う。
まず仕事は役割分担で、デザインは数多くある仕事のうちのひとつだ。誰かが誰かに何かを頼みたいから仕事は存在しており、デザインはもちろんのこと、どんな仕事も基本的にクライアントワークだ。良い仕事をすれば感謝をしてもらえるし、だれかの力になれるのは人として最高に嬉しいこと。仕事をするとお金が手に入る。そのお金で生活を豊かにする。
だからどんな仕事も貴重で、それぞれの世界でだれもが一生懸命活躍している。
ただ、デザインをローカルで、暮らしを自分らしく、というのは今どき取りあげやすい。それだけで自分だけがフォーカスされてしまう状況に対するためらいのような気持ちがある。
仕事で自身を認めてもらっている事に対する感謝の気持ちがありつつも、もっと魅力ある人たちはすぐそばにいるのにな、と思う。
さらに言えば、だれもが知っているとおり、仕事が生活の全てではない。仕事ができるのは良いことだけれど、大半の仕事はきちんと学んで、現場で訓練を重ねればきっと誰にでもできるようになる。(実際はそんなにうまくいかなかったりするが、とりあえず究極の話として。)仕事の評価は人としての魅力と相関はすることもあるかもしれないが、イコールにはなり得ない。
一緒にいておもしろかったり素敵だなと思う人は教科書に書いてある事をたくさん覚えている人ではなくて、ただ単によく笑うひとだったり、ユニークなことを言う人だったりする。いわゆる田舎のじいちゃんばあちゃんに魅力を感じるのは、そこにあるのが正しさや、真面目さや、こうではなくてはいけないというルールではなく、人間らしさであり、そこから生まれる物語の中で生きているからなのだろう。(そのようなことを暮しの手帖の元編集長が言っていた。)ローカルで暮らせば暮らす程、そういった人が人として持っている魅力に気がつくのだ。
もちろんオファーは極力断らず、仕事は誰に見せても恥ずかしくないものをと思って真面目にするが、それよりも人の輪の中でよく笑っていたい。

もうひとつは荷物を持つことによる不自由さだろう。
うちの事務所は一流のデザイン事務所と比べても遜色がないほどに仕事道具や本が多い。いや、それはさすがに言い過ぎかもしれないが、地方であるという劣等感のような感覚から、せめて道具や情報は一流を揃えておくべきと思い、この8年半、とにかくいいものを買いそろえてきた。できる仕事の質にもつながってきたのでそれは必要な事だったのだろうが、きっと集めて所有する事で自分の世界を広げている気にもなれたのだと思う。旅行の荷物もずっと重い派で、だいたいどこに出かけるときも進行中の仕事の資料一式を持ち、カメラも仕事用に購入した大きなものを持ってばしばしシャッターを切っていた。だけどそのせいで人の話がうわのそらの時もあるかもしれない。高価なカメラの紛失盗難破損などを恐れるあまり、所作に細心の注意を払うが、常に不安がつきまとう。神経もすり減るし、体も疲れる。きっとその類のデメリットが先述のなんとなく感じていた不自由な感覚だったのだ。
なにかを持つと維持が必要となり、こうしなくてはいけないというルールが生まれる。ルールは秩序を生み出し、秩序は安心を生むが、同時に閉塞感も生み、意識していないとルールに縛られることで人としての魅力や生きていることの喜びが見えなくなってしまうことすらあるだろう。

そういう感覚を繰り返すうちに気付けば荷物が減る様になった。独立当所にあちこちで配っていた名刺は仕事以外で渡すことがほとんどないし、大きなカメラやレンズは撮影の仕事以外では持ち出さない。自分を大きく見せる必要もなくなったのかもしれないし、多くの人を魅力的に思い、話をするよりも聞いている方がおもしろいと思うようになったのかもしれない。そんな近頃はコンデジとガラケーとメモとペンをポケットに入れ、手ぶらでうろうろしていることも多い。なるべく荷物を軽くして、身ひとつであちこち渡り歩く。資料を頭の中に叩き込みこの手だけでスケッチしていると、ものを作っている感じがしてとてもしっくりきている。

隠岐の西ノ島の風景
仕事は真面目に。暮らしはユーモラスに。この身ひとつで自分らしく、たくさん旅をして、にこにこしていようと思います。
yasufuku

Beautiful Japanese Scene

西原村の山間の集落の風景
熊本に行って数日間その日常の中にお邪魔してきた。
失いたくない美しい風景と暮らしそして、それをつくる人にたくさん出会うことができた。
また会いに行こうと思う。

A Walk in The Dark

ライブの様子
撮影で高校生の終わり以来の某ライブハウスへ行ってきた。
当時はすごく高く感じていたステージは思いの外低くて、
当時すごくまぶしいと思っていた舞台照明は案外質素で、
当時の光景がありありと浮かんでくるかなと思いきや、そうでもなくて。
きっと、わけもわからず、とにかく歩いていたのだろう。

漆黒の闇の中をちいさな灯りで足下だけを照らして歩くのはとても怖い。
かといってまわりを照らしても光がうっすらとしてしまうし、
足下に転がっている石につまずいてしまったりしてうまく歩けない。

ただ、とにかく歩いてきたらたくさんのものと出会いながら、
なんだかんだきちんと辿り着いて来れたから、暗くてもきっと大丈夫。
そんなふうに出会ったものに思いを馳せていたら
真っ暗な闇に光が差し込んでくるのだ。

さて、今月も相変わらずの滑り込み更新となったが、
第一弾の田植えも終わり、蛍も舞い始めた。

6/14(火)〜16(木)は臨時休業をさせていただきます。
少しだけですが、熊本へ。

Sword of Justice

月1更新のノルマを達成すべく、滑り込みの更新。いつの間にか4月は終わり、山道を走ると藤の紫の花がきれいに咲く様になってきた。明日からは米の苗づくり、所謂種まきだ。
4月の大きな出来事と言えば、多くの方が熊本の震災だと答えるだろう。もう2週間が経ったがまだまだそれは毎日テレビや新聞のメイントピックで、SNSでは震災関連でアクションを起こされている素晴らしい方々の情報が次々と流れてくる。沢山の人が、早々に支援に乗り出しており、本当に日本は素晴らしい国だと思った。

一方で、その流れてくる情報に疲れている人もいるのではないだろうか。アクションを起こしている方の情報を目にした時、自分が何も動かず普通に暮らしてしまっていることに、どこか罪悪のような気持ちを感じてしまうこともあるだろう。だが今、自分がアクションを起こせていなかったり、心の底で自分には関係ないと思っても、罪悪感にかられる必要はないし、何人もそれを責めることはできない。そんなふうに心のどこかに罪悪を抱えてしまっている人がもしいるのならば、同じ国の人が苦しんでいるのに支援活動をしている自分に協力しないなんてありえない、と思う人がもしいるのならば、さまざまな存在を肯定することを進言してみたい。震災に対してアクションを起こせなくても、一家の大黒柱として、生みの親として、自分の手の届く人たちを懸命に守り続けているのも素晴らしいことに違いない。その幸せは、安心して守っていていい。自分や家族の暮らしを守りながら、他のものも守りたいと思うのなら、そのエリアを自然に増やして行けば良い。

困っている人を見たら、助けるべきだ、というのは正しいことだ。だが、実際には震災のたびに支援をして、世界の各地で苦しむ難民、病と戦い懸命に生きる方々あるいは心臓病の赤ん坊など、皆を助けることなんていつもできる人はいないだろう。正しさは大きな物事を進めるにあたってのひとつの指針となるが、正しいことだけで世の中が回っているわけではない。毎日真面目に働きながらも、時には酔っぱらって自身を縛り付ける日常の全て忘れてはしゃぎたくなったりするように、人は大小正しくないことも抱えて生きている。情報化が進んだ資本主義社会の中、正しさを貫き通し続けられる人はきっといない。宝くじで1億円当たったらそのままそれらを世界中の恵まれない境遇の方々へ寄付することができる人がいるだろうか。

だから、相手に異なる意見を述べることはあっても、その正しさを強要してはならないように思う。そうする時、相手の意見を否定するのみならず、いつの間にか人格までもを否定しているといったことが起きる。正しいものは時に人を責め立て、正しいと正しいがぶつかると戦争だって起こるのだ。特に、誰も悪くないことが原因で人格を否定し合っているのを見るのは本当にむず痒い。

相手の正しさを認める事ができなくても良いが、相手も自分も肯定し、存在を認めること。
天災など、誰のせいでもないことが起こった時こそ、善意で動く方々同士、傷つけ合わないために、意識していたいなと思う。
そしてなるべく正しさという剣は鞘に納めたままいたいな、と桜吹雪の中無邪気に遊ぶ子どもたちの笑顔を見て思った4月だった。
桜並木とこどもたち

コンビニのない町

セブイレという名で親しまれた、わがまち唯一のコンビニが閉店して1カ月余りが過ぎた。神戸市北区淡河町の面積は37.69km2。神戸市の面積が552.3km2なので神戸市の6.8%もの広さだ。仮に神戸市内にコンビニが100店舗しかなかったとすれば、7店舗があってもおかしくない広さの場所に、0店舗になってしまった。(正確には、山陽自動車道のサービスエリア内にあるが。ちなみに淡河町は神戸市北区と西区以外のどの区よりも広い。)

コンビニひとつで変わる暮らし

なくなってから約1カ月、私の暮らしは変わった。
まず、財布の中身が減らない。ものを買わないので当たり前である。ついで買いしていたジュースやコーヒーは家で煮出したお茶に変わり、間食もしなくなった。ついでにタバコもほぼ辞めた。確かに不便は不便なのだが、食べ物やちょっとしたものが置いてある個人商店なども近隣にはあるし、大型スーパーへも10分で辿り着き、生活に必要となりそうなものは基本的にそこでちゃんと仕入れておく。案外その不便さが心地よい。というか、これまでの便利さは不要な便利さだったのかもしれないと感じた。ちょっと買いができなくても、買い物にポイントがつかなくても、困らないのだ。
近所にコンビニのあるなしで暮らし方が大きく変わり、人間は思っている以上に環境に依存して暮らしているのだということを思い知らされ目の覚める思いだった。たかがコンビニひとつだが、暮らし方を改めるひとつのきっかけとして、自分にとっては大きな事件となった。

定点観測してきた風景の変化

今日、コンビニに1度も立ち寄らなかった人はどれほどいるだろう。そんな言い方もできるほどにコンビニは身近な存在となった。
この町にコンビニができる15年ほど前、まだ世の中に登場して間もないものが今、多くの人の暮らし方に大きく影響を与えていることを誰が想像できたであろう。当時、町内ではどこからもだいたい徒歩圏内に個人商店があったが、コンビニができる前後のタイミングで、その数はみるみるうちに減っていったような記憶がある。少子高齢化や人口減少、生活者のニーズの変化などさまざまな要素が重なって、風景は変わっていった。遠足前に300円をにぎりしめて友人と自転車を走らせた駄菓子屋は消え、おばあちゃんたちの社交の場ともなっていた個人商店や、大きな声で呼ばないと人が出て来ない文房具店も次々と消えた。車に乗って生活する層には休むことなく闇を煌々と照らす大手フランチャイズの看板の安心感が受け入れられたのだ。
そんなふうに、世の中に広まっているものを受け入れ、その場所ならではの風景や暮らし方が変わっていく様を目の当たりにした。「どこに行っても同じ風景」が受け入れられるし、自分もいつの間にかそういうものに頼ってしまっているけど、少し寂しい気持ちでそんな風景の変わり方を見てきた。

もちろん寂しいからといって、古いものをそのまま続けていくことは不可能だし、新しいものを受け入れるのをやめることはできない。ただ、流れに身を任せるばかりではまちの魅力が「便利」に奪われてしまうのではないか。
「便利だけど、なければ困るけれども、別になくても良い。よくよく考えてみると、無い方が心地よいかもしれない。」昨今はそういうものが身の回りに増えているように思う。
何かに依存しすぎない暮らし方を考える人が増えてきた時代だからこそ、いまどきほとんどないであろう「コンビニがない町」を誇ってみるのもありかもしれない。

It happens

近くに用事があったため、泉北高速鉄道線の光明池駅前商業施設内に6月13日、オープンしたばかりの山芋お好み焼「銀多郎」に客として、抜き打ちで行ってきました。作ったものがどのように使われているのか、改善点などはないかを見るためですが、まさかのお休み。まぁ、思いつきで動くとそんなこともあります。休みの日だったからこその発見もあったのでその意味では良かったのですが、日にちの確認は大事。本当はこの玄関にお好み焼き屋としてはちょっと変わったロゴののれんが飾られるのですが、その写真はまたの機会に…。
お好み焼き銀太郎

続きの風景

農村の初夏の朝焼け
大阪からの仕事帰り、居眠り運転はしまいとコンビニで一番高価な栄養ドリンクを飲んで、なんとか帰ってくると見える農村の初夏の朝焼け。思わずブログを更新してしまうほど気分がすっとしたのは、自身もこの風景のつくり手だとようやく胸を張って言えるようになったと感じているからなのだろうか。農村はこの時期の風景がいちばんすてきだと思う。ニッポンのカガミバリ。さて、今年の田植えはもうひといき。
その土地の方法で当たり前に田畑を耕す。そのうえでローカルを、そしてニッポンの未来を考えたい。

Vitamin C

インターネットでどこからか流れてくる真偽も定かでない情報に踊らされながら、結局その情報は正しかったのかも判断する暇を与えられず次々と情報が流れて来る日常。気付けばついつい流れの早さに身を任せていて、良い歳のとり方をできているのだろうかとふと我に還る。情報はたくさん流れてくるのだが、流れて来る断片的な根拠のない情報を理解しないまま使い、結局また迷わされて近道をするつもりが遠回りになっていたり、「誤ったイメージ」を広げてしまうのが常である。
たとえば、コエンザイムキューテンだったり、メタボリックシンドロームなど、研究者の専門用語だったはずのものが、いつの間にか広がっているが、それらを正しく理解している人は普通はおらず、そこから派生する知識は生まれにくい。また、「誤ったイメージ」とは、例えばビタミンCという言葉で説明するなら、それらは実は無色透明で味もせず、 ビタミンCがたっぷり入っている気分にさせるために色や味を付けているらしいのだが、それを知っている人もごくわずかだろう。ビタミンCは柑橘類に含まれていることが多いから、人間が勝手に酸っぱいという事実と異なるイメージを持ち、それを人工的に生成するときに酸味のあるフレーバーを加えたらしい。(ただ、それも必要なこともある。世の中には思いやりの嘘も必要なときがあるだろう。)

なぜ唐突にそんな話をするのかと言うと、言いたかったのは結局デザインの話で、デザインは乱暴に「いい」と言ってしまって周囲を巻き込んでいいくるめてしまうこともできる。極端な話、ただの石ころを10万円で買わせる詐欺まがいのことだって、やり方によってはできなくはない。ただ、どんなものも「いい」と言ってしまえる立場で仕事をしている者として、曖昧な情報にはなるべく根拠を求め、嘘偽りなく、本当に良いものを、相手にわかりやすく伝わるよう、より円滑なコミュニケーションを生むデザインは常に考えていたいと思っている、という話。そもそもビタミンCを売り出す商品には引き続き酸っぱいイメージをもたせるべきかどうかという前提から、考えてみたいのだ。

なお、情報を正しく流すという当たり前の姿勢はある意味、商売の理由がどうしても大きくなってしまう都市よりも、農村である方が貫きやすい。それも、cottが農村である理由のひとつである。

淡河城跡誘導サイン
さて、情報を正しく流すと言えば、誘導サイン。
平面デザインはシンプルに、正しく、わかりやすく。

菜の花の黄色と反対の色相の青で、よく目立っている。
もちろんただ目立てばよいという訳ではないが、
設置場所周辺の色彩を調べ、誘導サインに持たせるべき最適な色を決定。
景色が茶色の冬よりも、春や夏の方がよく目立つのもポイント。
支柱はステンレス素地、ヘアライン加工仕上げで環境をうっすら反射させる。

昨今の農村のブルーと言えば、農作業でもお花見でも大活躍のブルーシート。
そこは、ブラウンシートなどになってくれないだろうか、という意見もこっそり込めて、青。

手と道具

昨年末にプリンターの記事を書いたが、それに関する続きの話。まだ使えるにも関わらず、「メーカーが対応してくれなくなったから、新しいものを買う」という経験は今どきのビジネスマンの多くが経験していることだと思うが、ものそのものの劣化よりも、社会的環境の変化を理由に捨てられるものはとても多い。たとえば携帯電話は5年もすれば誰もが買い替えるし、OSのサポートが終わったから「使えるのに使えない」大量のコンピュータの処分に困ったのも記憶に新しい。もっと言うならビルや家だってそうだが、その話も含むと長くなるので置いておいて、電子機器についてはもはや使い捨てだと言ってしまってもいいのかもしれない。

身の回りの道具類は変化し、自身でメンテナンスがしにくい道具ばかりになってきた。メンテナンス方法も含めて受け継がれていくクワや鎌などの原始的な道具は刃がちびてしまって使えなくなるまで、いいものであれば100年ぐらいは残っている。一方で、最新の電子機器等は仕組みがわかりにくく、メンテナンスは業者任せ。調子が悪くなって、実はほんのちょっとのことで直ることだったとしても、より性能の良い新しいものを買う方が安く済んだりするからすぐに捨てられる。道具はメンテナンスしながら使えば使うほど手になじんできたりするが、「手になじむ」という感覚を掴む前に手放すことを繰り返す。

古い道具を使おうということが言いたいのではない。新しい道具も古い道具と同じように使いやすい仕組みづくりを考えてみてはどうか思う。
例えば修理するより新しく買うほうが安いというよく分からない状況を変えられるよう、修理も部品をユニットごとに分けて、どこのパーツがいかれたかの判定および、それらの入手、着脱は素人でも安価にできるようにする。それでも難しいなら、業界全体で新品の値段を上げ、販売台数を減らす。もちろんリサイクルについても引き続き努力をし、リサイクルに出したものが、実際どのぐらいちゃんとリサイクルしてもらえているのか、もっと分かりやすく知れるようにするなど、気持ちよく環境負荷低減に関われるようにする。(同時に企業の体制を大きく変えないと採算が合わなくなったり、技術開発で他に遅れを取ったりするなど、現実に大きな障壁が予想されるがとりあえずの理想論だ。)

機能ばかりが増えすぎて、All In Oneで、そのせいで本来の機能が使いにくかったり、どこかごく一部分の不良のせいで全部が使えなかったりする道具にはもううんざりだ。その機能は、道具本来の目的を達成するために本当に必要なのか。ものの開発と同時に、それを取り巻く環境のデザインも大切という話。デザインする人たちは、こぞって仕組みづくりを考えはじめている。

味噌づくり
先日みんなでニッポンの食卓には欠かせない調味料、味噌を仕込んだ。
味噌だって、どうやって出来るのかを知っていると、
一杯の味噌汁からストーリーを感じられるようになり、
暮らしがほんの少し、豊かになる気はしませんか。
暮らしは道具でなく、手がつくります。

Depth

車窓からの富士山
久しぶりに東の都へ足を運んだ。文字にすると非常に抽象的で分かりにくい話だが、なんとなく思ったことがあったので、久しぶりにヒトリゴト的な文をつらつらと。
「価値」とは人が認識するものだから、そこに人がいる限り、どこにでもあるものだが、都市ではあらゆるものの価値が見立てられてしまっているように感じる。もちろんそれは悪いことではなく、生活者としてとても楽だ。だが、価値を見立てることを業とする者にとってはあまり面白くない。極端に言えば道ばたに生えたたんぽぽが美しいといったことすら価値が見立てられているようにすら感じる。常にそんな見えない誰かの声に囲まれ、全部受け止めていたら頭の処理が追いつかなくなって来る。
価値が見立てられすぎているところでわざわざ価値を見立てる必要はないから、価値が見立てられていないところの価値を見立てようということが言いたいのではない。価値が見立てられていないところに拠を有する者として思うのは、望んでいないものの価値を見立てて回る必要はないのではないかということ。きっと胸の内にそっとしまっておくほうがいいものもあるということと近い感覚だと思う。わざわざ言わないけれど、美しい。「間」や、「しつらえ」、「気品」などという言葉で表現される事物は無為に語らないものである。日本人らしく、そういう奥行きのある感覚に身を任せておくのが心地いいのだ。その先に、ここでの暮らしの中の多くの物語が一番輝ける場所があるような気がするのだ。暮らしの物語のポテンシャルとでも言う方がわかりやすいだろうか。なんでもかんでも説明してくれる、美術展の音声ガイドみたいなものでなく、説明しすぎないけど(もちろん要求されたら語れる)、肩肘張らない暮らしに心地よくなじんでいくものを考えて行きたい。これからも謙虚に、アニマに最大限の敬意を込めて、必要に応じて価値を見立てながら暮らしていこうと改めて。暮らしにもデザインにも奥行きを。
ねこじゃらし
事務所に入ってきたアオジ
パンダのキャラの横断幕
淡河小学校の横断幕
小中学校にパンダ一家の横断幕を納品してきました。

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