積み重ねること
近所の茅葺き屋根の家が解体中だ。
神戸市北区の茅葺き民家約750軒のうち200軒以上の茅葺き民家がツリーハウスのある淡河町にある。

その茅葺き民家建替えの業務の一部を担っているのですが、茅葺き民家の数を減らしてしまう動きに結果的に加担してしまっているのは非常に心苦しいものです。
だがそれがどこかで何らかのカタチで生まれ変わって使われればいいと思うので、燃やす寸前のものを何らかのかたちで利用できまいか思案中。
下のリンク先は、そんな茅葺き屋根の豊かさを現代に保存していこうという素敵な方々のホームページ。
ご縁でつながったので、もしかしたら来年ツリーハウスのシルバーのガルバリウム素地の波板が茅葺きになってるかもしれません。
天井裏の煤が歴史を物語る。

組み上げられたものがひとつひとつの構成要素に分解されていく過程であらわになっていくものができていく過程と、そこで住まわれた100年ほどの痕跡がおもしろくて長々と現場に居座っていました。
それがひとつの工業製品であったとしても、手製のものであったとしても、ひとつのものを見たとき、これはどんな過程を経てつくられているのかを想像して見ると、自然とそこには作り手の想いが浮かび上がってくる。そして私も工業製品であろうとなかろうとそんなものづくりをしたいものである。
人間の行為から最適なのかたちを追求する「デザインの原型」という考え方があるが、私は作り手の表情や感情が見えるぐらいのものがいいし、原型なんてものはあってもいいが例えば醤油をさすという同じ行為でも大げさにメジャーリーグの投手のように大げさに振りかぶって醤油をさす人がいてもいいのではないかと考えてしまう。そんな人には野球ボール型の醤油さしの方が、お似合いだ。まぁあまりにもマナーや秩序を乱すことは問題であるが例えば持ち家に一人暮らしをしていてそのあとこぼれた醤油を綺麗に拭き取ってしまうのなら自由だ。極端な例だがそんな人がいてもいいのではという考え方だからだろう。もちろん使いやすいカタチ、洗練されたスマートなかたち、昔から長い間使われているかたちはあるが、「このかたちが原型だ」とは時間も流れ、文化も価値観も違う中では一概にはあてはまらないだろう。
ついでにものづくりに関してもう少し語っておくと、ものを理解するには1〜10までを何度も反芻するほうが効果的でしかもおもしろい。
もちろん1のみ、2のみ、3のみ、とひとつひとつ洗練させていくのも必要であり専門分化が進んだ現代的な方法論で結果としてみれば高品質なものを大量に生産できると思うが、もちろん1〜10まで携われば流れ作業にならないといった点で想いがかなり入ってくることになると思う。工場のライン作業でバイオリンの塗装のみをしているよりも、木材の加工から塗装から弦を張って音の調整までをしている方がそれこそ効率はよくないが、よりよいと感じさせるものができまいか。
それで様々なデザインの分野にほぼ丸裸で飛び込ませていただいたというのもある。
もちろん未熟で至らない点も多くあるだろうが、それこそ熱意や想いというものでカバーできたらと思う。どうにもならないこともどうにかするしかないというプレッシャーを自らに課す。それをなんとか跳ね返す。仕事でやっている以上跳ね返せなかったすみませんでは賠償問題となりかねないからだ。跳ね返したらまた次に備える。それを積み重ねる。
もうすぐcott設立から1年が経つが、近頃いろいろとあり改めてあの時の気持ちを確認させて頂いたことに感謝してまた前を向いて一歩ずつ歩んで行けたらと思う。
当時描いたスケッチが懐かしい。

時間だけは嘘でなく、全てのものに平等に流れる
全てを支配し、ただ淡々と、今、無情に流れる
それぞれが無限に持つことを許されない時間
こんなにも平等で我々にはどうしようも操作できない時間
時を越えて今に伝えられてきたものには何かアニマ(精霊)のようなものを感じるが
それは人々の中に共通してある時間に対する評価が見せる幻影なのかもしれない。
INAKAPPE
ツリーハウスの近所で行われたいなかっぺまつりにいってきました
茅葺きの家を改装して自分たちでつくったギャラリーには圧巻。
いいかんじで煤の黒さが染み付いています。
田舎の素人仕事のレベルの高さにcottとして希望が持てました。

こんなにも交通の便の悪いど田舎である地元のひとつの空間にこんなにも人が集まることに衝撃をうけました
同級生のむぎのライブにはピュアな気持ちにさせてもらい

人間のやさしさ、思いの素晴らしさを素直に感じられるすごくいい空間でした
小さな子供からお年寄りまで老若男女が笑顔になれるそんな空間でした
自分もこんな空間をつくりたいと思いながらもあきらめかけていた空間がそこにはありました


人間捨てたもんじゃないと思わせてくれる十場家は本当にいい家族です
つくも窯
http://www.tsukumogama.com/

やっぱり祭りはいいですね。
手始めに近所の公園で運動会でも企画してみようかしら
そして十場家にも負けない盛り上がりをつくり出せるよう計画を練ろう。
今設計中の住宅のインテリアにすごく合いそうな照明を発見

祈りと談笑
昨日はツリーハウスの近所の神社で昔から伝統的に行われている祭で太鼓をかつぎににいってきました。力のある男たちは、基本的に全員参加です。

太鼓をたたく子供をのせた太鼓を先頭に、神輿や巫女さんたち、天狗などが列をつくって練り歩きます




段取りが悪くて実際に仕事する時間よりも待ち時間が多いのだけれども、それを誰も不思議に思わず、それがコミュニティの場として成立する田舎の祭が好き。
そして神聖な儀式をしている横でビール片手にタバコをふかして談笑していて信仰心が強いのか弱いのかわからないけれども家には必ず仏壇がある、そんな太鼓担ぎの皆さんが好きです。
十年程前と比べると屋台の数や人などは減ってしまいましたが、この淡河八幡祭はいつまでも続いてほしいと思うのです。
それにしても、肩が悲鳴をあげています。
I'm here saying nothing
今日は地元のお祭りに行ってきました。
超マイナー演歌歌手の歌声とそれを囲みながら浴衣で踊る近所のおばちゃんたちを見ながらビールを片手にカレーにたこやきにかき氷をただ食いただ飲み。「ああ、あそこの息子さんか〜、おっきなったなぁ」と。だれともわからないおじさんおばちゃんとしゃべりながらなんとなく踊る婦人たちを見る。古き良き日本の夏。まだここにある。
昔からこの祭りはかわらない。
かわらないもの、かわりゆくもの
目まぐるしくかわりゆく中でかわらないもの。大切に。
これからも一生大切にしたいと思う。
かわらないものばかりにも踊らされないように。
繰り返される潮の満ち干きの中の
風のように
波のように。
今日はcottの創作の原点を垣間見た。
I'm here saying nothing
いつもここにいます。
たまにどこかにいますが。笑

少し落ち着いたらこの祭りの運営側にまわりたい。
あ、あともうひとつ。
cottの新たな展開のための第一歩を今日踏み出しました。勢いで。ちゃんとつまってきたらまた報告しますのでどうぞよろしく。
東京
10日程度の出張を終え、東京からかえってまいりました。
お仕事もしつつ、三宅一生の展示や、森山大道の写真展にいったり、原宿にあるツリーハウスのカフェにいったり、いろんな方と再会したりで楽しかったです。
今回の出張の主目的である展示の方はなんとか無事に終えることができました。もともと賞を取るよりも少しでも多くの人にそれぞれが何かを感じて頂くために写真と映像と実際にみんなが書いてくれた感想と写真とかるくまとめた本でプレゼンテーションしたので賞とは無縁でしたが、ツリーハウスのいままでの物語、空気は伝わったようなのでよかったです。みんなに納得していただくより、みんなの心の片隅に何となく残っているものをと思ってつくったので。おかげさまで来客票ランキングで「行ってみたい建築ランキング 第3位」いただきました。たくさんの方に事務所のビラを取っていただき、お話することができました。ご来場いただいたみなさま、出品者のみなさま、レモン画翠や明治大学のスタッフのみなさま、どうもありがとうございました。これからも何かのご縁があることを願って。

しかし東京はアジアの狂気でした。どうにも肌にあいません。ひとりひとりは良い方だとはわかっているのですが、どうにも人が多すぎる。電車乗るときに思いやりもくそもありません。皆それぞれの生活があるのですから。予測不可能であるにも関わらず、予測可能な世界をつくりだそうとする人間は、予測不可能な自然であり、予測不可能な出来事に身を委ねて自然と寄り添いながら生きて行くべきではないのか。
電車の車両を見回せば皆うつむいて携帯電話に向かう。今,目の前にある風景の意味は何なのだろうか。現実が薄れゆく。機械と人間の差を埋めようとするが、されどもその差は埋まらない。何故、人間と同じように機能する機械を発明しようとするのだろうか。何故、自らの手で自らが存在する意義を捨て去ろうとするのか。今日も人々がごったがえす日常がスクリーンに投影される映像のように薄くなってゆく。
不完全きわまりない世界だから、いろんなことが起こっておもしろいのに。
何故そこまで完全を求めるか。そんなに笑うのが、泣くのがおもしろくないか。金がなくて行きてく術を知らないか。
「眠い国 日本、だけど眠れない国 日本」
電車のドアが開くたびに、そこに広がるのは人が生きる世界だと切に願う。
人間は楽を求める。それはいたって自然なことであり万物の原理でもある。人は自然に還ろうとしているのに機械に向かっているというパラドックスの図式。マイナスのエントロピー、プラスのエントロピー、全部たしてゼロ。ゼロが何故動き始めたのは不明だ。私たちが何故生きているのか不明であるのと同じように。誰もその絶対的な答えを知らないが、それぞれが別の答えを持っている。だからこそこの世界は美しいと思う。答えがないからおもしろい。答えがないから美しい。ありのまんまの君でいい。ありのまんまだから美しい。
東京を肌で感じて、cottは地方の文化発信基地としてのんびりとやっていきたいと再確認。
「眠い日本。眠れない日本。」
を
「おもしろい日本。素敵な日本。本当の意味で幸せな日本。」に。
それに少しでも寄与するためにもこれ以上は眠ってられない。
そう思えるのはやっぱり日本と日本に住む人たちが大好きだから
デザイナーとして、「コト」を含めて「モノ」をつくりたい。
では、また4日程度出張に行ってまいります!
金曜日まで大阪の南部にいます。土曜日は滋賀の石山でイベントのVJしています。
日曜日には戻ってきます。
おそくなりましたが
起立!点呼!新妻忠志!鎌田希来!新庄彩香!小澤麗!太田宏美!柴尾あゆみ!菅原佑平!二川孝!山田晶子!岩倉ゆり!香川剛輝!辻友樹!河野哲也!中野富昭!竹田由佳!吉田奈央!八木康彰!久米貴大!溝口秦大!仲井!宇津木健!小杉雄太!森えりか!片倉ひろき!松田咲紀!嶌本千咲子!瀧波美佳 !大西健太!畑圭介!福永あすか!友田由貴!松田家一同!安福家一同!近所の柳生さん!山口さん!矢木さん!尾上さん!
本当にこんなにも大勢の方々に手を貸していただいたおかげで成立したこの事務所です。いまさらで失礼しましたが、心から感謝。ほんとうにまわりの環境に恵まれていて、まわりに生かされていることを痛感した夢のような半年でした。ありがとうございましたでは足りませんね。どうやってお礼しようかしら。
これからもいろんな方に関わって頂けることを願って。

正式に。

今日は正式に事務所を始めるための手続きが完了しました。労働基準監督署へいきーの、税務署いきーの、県税事務所にいきーの、ついでに建築士の申し込みにいきーの、ひたすら歩きまくりました。法律ってめんどくさいなぁと感じながらも、久しぶりに神戸の下町を歩いて疲れたけど街並みがなつかしくて新鮮でした。
いまはお仕事と平行しながら早急に商品見本などをつくってます。ご依頼おまちしております☆ウェブ、グラフィック、本、映像、小規模店舗のプランニングから施工まで。はじめは広告宣伝料、技術習得料だと思ってもとがとれないぐらい激安でやっています。デザイナーは安請け合いしちゃあいけないって言うけどやっぱり仕事がなけりゃあどうしようもないしなぁ。お金はついてこなくてものんびりやりながら自分が楽しんでやれればいいかなあ。と、いうことなので、お気軽に相談だけでもどうぞ☆
そしてできればそれぞれの手で、手作りをやってほしい。デザイナーという職業のひとが必要でないくらい、ものづくりが日常にある世界を描きたい。カタチだけが洗練されてしまって中身がからっぽになってきたこの世界に想いがこもったものを再びよみがえらせたい。デザイナーの言う言葉じゃないですが。でも、私もその想いの生み出し手の一人としてしっかりと想いを込めてひとつひとつのものを大事につくっていきたい。木の上から想いをこめて。
ものの成り立ちを知れ。世の成り立ちを知れ。自らを知れ。
おっきなシステムに飲み込まれている世の中に小さな循環をつくりたい。
つまり、文明でなく文化をつくりたい。これは、学生時代の想いと変わらない。
このcottの事務所であるツリーハウスは単なる卒業設計として作ったのでなく、卒業など関係なしにひとりの人間として本当の住まいの在り方を模索しようとした。そこで、具体的にはどうしたか。

想いを集めてつくった。カタチをデザインしたというより、プロセスをデザインした。50名ほどの想いがこもっている。だから、電気がなくても、水がなくても、すきま風が吹いても、なんだか落ち着いてあったかい。ここの壁はだれがつくって、ここの絵は誰が書いてっていう記憶が残っている。家のカタチなんかどうでもよくなるそれ以上の次元のものが存在している。それが机上の空論でなく、自らの実感としてここに存在している。それがこのツリーハウスである。
住まいに住まい手のストーリー、プロセスを組み込むことで、家のカタチ以上に大切な、想い溢れる素敵な住まいができる。どんなに時代が進んでいって、どんなに洗練されたカタチを追求しようとしてもこの理論はそれ以上の力を持つと信じている。
自己紹介


そういえば、自己紹介を忘れてました。私、個人事業主としてcottというデザイン事務所を立ち上げた、安福友祐と申します。写真のツリーハウスを事務所にして名刺、フライヤー、広告、ポスターなどの制作、本の装丁、映像制作、ホームページ作成、小規模店舗のトータルプランニングから施工まで、出張VJなどの業務をやっています。単なる相談でも構わないので何でもおっしゃってください。つくることの喜びを感じてもらうことがcott -create on the tree-の目的ですので、仕事の依頼の話でなくても構いません。
cottは「create on the tree」の頭文字を取った造語で、木の上に総合デザイン事務所を構えたことを意味しています。余分なものをそぎ落とし、人間が豊かに生きるにあたって本質的に必要であるものを抽出していくものづくりを目標に掲げています。それに少しでも近づくために、現代にある余分なものを落とした環境でデザインするという意味で、ツリーハウスというカタチをとっています。

また、このツリーハウスは素人たち50名程度の手で約半年の工期を経て完成しました。人間を包む私的空間に「プロセス」を組み込んで、より豊かに生きる空間を作ることはできないかという大学卒業にあたっての試みでした。この試みは無事終了し、主観的ではありますが、私の中に確実にある豊かであるという実感が、豊かに生きられる空間であることを帰納的に証明しました。この試みの中の実感は一時的なものにすぎないのかをさらに確かめるべく、ここでもっと時を過ごすことにしたというのもここを事務所にした動機でもあります。
小難しくなってしまいましたが、木々や動物に囲まれながらつくる喜びをかみしめながら自然の一部としての人間として純粋に生きていきたいとはじめた事務所です。私も難しいことを考えはしますが、そんなに堅苦しい人間ではないので、お気軽にぜひ一度、訪れてみてくださいね。
文化の発信基地となり、連鎖により人類の幸福に貢献すること願って。
安福友祐

- 基本情報
- cott代表
- 神戸市在住
- 1985年12月2日生まれ
- O型
- 立命館大学
建築都市デザイン学科卒業 - 専門分野
- 建築デザイン
- グラフィックデザイン
- ウェブデザイン
- 映像
- 所属
- cott
- OGOGOGO PROJECT
- eco -enjoy communication-
- 冨紗家企画室
- 神戸市北消防団員
- すきなもの
- 美術
- 本
- 音楽
- 友達
- 猫
- カメラ
- ファッション
- 絵
- すきなこと
- つくること、日曜大工
- さがすこと、問うこと
- みつけること、知ること
- 纏うこと
- 綴ること、切り取ること
- 食べること、飲むこと
- 人といること
- ひとりでいること
- 猫をおいかけること
- 空をながめること
- 好きな国,地域、場所
- バラナシ(インド)
- カトマンズ(ネパール)
- カンボジア
- バンビエン(ラオス)
- パーイ(タイ)
- 神戸
- ツリーハウスのベランダ
- 家の屋根の上
- 野望
- カフェ営業
- 村をつくる
- エベレスト登頂
- 世界旅行
- メッセージ
- おもしろそう、何か一緒にできそうだと思われた方、ピンときた方、お気軽にご連絡お待ちしております!
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